所詮、人にあらず。
――鞘に収まっている間、延ばされ続けていた焚虎の火を放ったのか!
何とか正気に戻ったあたしは、
妙に冷たい銀色に見え出した焚虎を、一番合戦は右腕であたしの頭に落とすよう振り上げる。
波で運ばれた足が、思うように動かない。
焦りと苛立ちで舌打ちをやる暇も無く、あたしは咄嗟に焔ノ穂先で焚虎を受け止めた。
「うッ……!?」
おっも……!?
それホントに片腕で振ってんの!?
姿勢が悪くて踏ん張りが利かなかったのもあるが、いやそれでもと一番合戦の手元を疑いつつ、両手で焔ノ穂先を握り直す。
――焚虎が発火しない?
一番合戦が加減したの?
ガツッと鈍い音が、痛みを纏って右のこめかみを襲う。
空いた左腕で拳を放った一番合戦に、大きく左手へよろめかされた。
内に巻き込むように放たれた拳の軌道で、一番合戦の右手に潜り込むような動きになる。矢張り海へ逃げられるのは嫌らしい。
殴られたと一番合戦の左腕を睨みつつ理解すると、今度は上体を上げようとした所を狙うように、焚虎の薙ぎが飛ぶ。
反撃の気持ちをぐっと堪え、上げようとした頭を半端に止めた。遅れて引き返そうとした髪の先が、過ぎ去って行く焚虎の剣筋にざんっと揺れる。
かなり際どいタイミングだった。
額が冷たくなる。
あと半歩でも反応が遅れれば、飛んでいたのはあたしの頭か。
いや、今のは、本気の攻撃?
全身全霊を込めるとはまた別の意味の、本気であたしを殺すつもりの一撃だった?
いや、まさか、そんな。
だってそんなの、今こいつがやろうとしている事に矛盾して――。
無言で再び、一番合戦の左拳が飛んで来た。
――何度も食らうか!
あたしは腹立たしくなって、焔ノ穂先から離した右腕を上げると、一番合戦の左腕の内側を殴る。奴の腕は横から入った力に関節が曲がり、それは容易く弾き飛ばされた。
右腕を上げながら立ち上がっていたあたしは、左腕で焔ノ穂先を振り上げる。
が、振り下ろそうとした瞬間動きが止まった。
一番合戦だ。
焔ノ穂先を打ち込もうとしたあたしの左手首の辺りを、
あたしが
焔ノ穂先が爆ぜるのを合図のように、あたしの蹴りで間合いが広がる。
「――ちっ……!」
最大火力で攻撃出来るタイミングを躱され、あたしは思わず舌打ちした。
……いえ――?
やっと気付いたのは、その時か。
何故焚虎が発火しないのか。
あの際どい薙ぎを往なした瞬間、確かにあたしの髪が触れたのに、何故爆ぜない所か、一本も斬り落とされていなかったのか。
妖刀としての能力を表に出したからだろうかと思ったが、違う。
刀身に、ものが触れると爆ぜる剣。確かに九鬼君と豊住からそう聞いていたし、一番合戦が鬼討として活動している頃は、焚虎はその通りに力を発揮していたとも言っている。あたしだって今の所、全くその通りの力を見ているし、常時帯刀許可審査の日に軽く喧嘩になった頃から、確かにこの刀は変わらない。
ただ厳密にはその力の発現条件は、触れればいいだけではなかったと見落としていただけなのだ。
刀身でも斬れる部分――正しくは、穂先や刃に触れないと、発火しないのが焚虎なのだろう。
でなければ何故、峰をあたしに向け、
この期に及んで、まだ手を抜くのか。
また遠慮して、何も言わずに収める気なのか。
押し黙って、程々にして、本当はどこかで分かってるのに、また目を逸らす気!?
少なくとも鬼討としては対等である、気も遣う必要も無いあたしでさえも!
名状し
「……ッ馬鹿にすんじゃ」
足が突然重さを失う。
その唐突さは、目を向ける暇も無かった。
受け身を取る余裕も当然無く、右半身から無防備に浜へ倒れ込む。
勿論立ち上がろうとした。砂を殴り付けるように右手と右足で身体を支え直すと、もうすぐに。
でも上げたばかりの顔の前に、鋭く飛んだ銀色に制されて。
もう目の前に立っていた一番合戦が、冷たくあたしを俯瞰していた。
「……何でそんなに」
「
速いのよ。
そう言おうとしたあたしに、焚虎の穂先を向けた一番合戦は高圧的に言う。
何だかそういう態度が、ダサいってぐらいに似合わない奴だと思った。
何でなのかしらね。あんなに凛としっかりしてて、きっと怒ると言うより叱るって表した方が正しい感情の発露をして来ただろうに、どうしてかそういう、上から物を言うお偉いさんみたいな振る舞いが、どうしても様にならなかった。
……人がいいから。でしょうね。
優しい人はそういう物言い、絶対に嫌うもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます