常時帯刀者兼赤猫


「遊びは終いだ。とっとと帰れ」

「全ッ然遊びじゃないんだけれど? つか何今の手品みたいなの。説明して貰いたいんだけれど」

「ただ走って距離を詰めて、お前の足を払っただけだ」


 でしょうね。

 時間を稼ごうと軽口を並べている時点で、分かってはいた。

 両足にこれと言った異常は無く、出血すらしていない事は、感覚で分かっている。ただ、抑えに抑え込んで来たその力の片鱗を、滲ませただけだろう。


「お前が悪い訳では無いさ」


 あくまで一番合戦は冷たく、それでも丁寧に説明した。


「人間が目に追える速度を超えて動いただけだ。言ってしまえばズルだよ。百鬼がその気になって動き回ってみろ。大抵の奴がそれだけで人を殺せる。鍛えている鬼討まで振り切れる程の奴は多くはいないが、何分なにぶん私は、三六〇年は生きてる赤猫だからな。赤猫として動いてしまえばお前の動きも、欠伸が出る程に退屈だよ。常時帯刀者であろうとも。一番合戦かがりという現在さえ捨ててしまえば」

「あっそ。要は今まで人間らしく人間レベルに合わせて動いて来たけれど、本気を出せばその膂力りょりょくだけで十分って事ね」


 随分嫌そうな顔して喋るのね。人の振りをやめる事が。


「ああそうだ。だからもう、諦めろ」

「絶対にお断りよ」

「状況を考えろ」

「あんたが泣き崩れる所しか浮かばないわ」

「お前達に豊住が付いてる事は分かってるぞ」


 辺りを一切確認せず、一番合戦は断言する。


「何かしらの利害関係を結んだんだろう……。でなければこんな、町への被害を省みない行為に、派手な炎刀型を扱うお前が踏み切れるか」

「分かってるならもっと辺りに気を配れば? あたしばかり見てると背中を刺されるわよ」

「だったらそれより速く、お前を斬るだけだ」


 大層な自信で。

 虚勢まみれの笑みの上を、汗が滑る。


 確かにここまで距離を詰められてしまった以上、幾ら火を無効化出来る豊住でも、今の一番合戦より速く事を起こすのは難しい。

 火を封じるという、攻撃力の激減と、大幅な戦略の制限。自身の攻撃の手がほぼ遮られず通せるという、火を司る百鬼に対する、特効と言ってもいい豊住の能力も、この状況では宝の持ち腐れだ。


 依然一番合戦の焚虎も、神刀として扱われていた頃の能力しかほぼ現していない。火力の加減が出来る、厳密にはに何かが触れない限り発火しない、そして、一度何かに触れたなら発火のタイミングは、こいつの任意で操作出来る。鞘に収まり続けていた間に延ばされていた火を、今し方解き放ったように。当然ながら剣は、収まっている時間の方が長い。平和なこの土地で活動していた一番合戦なら尚更で、今のでその全てを出し切ったのかも全く不明だ。


 この細やかな操作が出来る部分こそが、妖刀としての焚虎なのかもね。荒唐無稽で、何でもあり。神刀とは本来、ここまで融通の利く力は持たない。断絆たちほだしが呪いを与える呪刀型なら、ただ呪いだけを与え、どの記憶を壊すかまでは、選べないように。そこをどう上手く扱うかが、鬼討としての仕事であり技量である。あたしの左手では、焚虎のような器用さは無い焔ノ穂先が、虚しく燃え盛っていた。

 一点集中かつ、一撃必殺の剣。

 ……全く豊住の奴、上手く言ったものである。

 それでも十分おっかないし、本ッ当に化け物みてるわ。


 焚虎を抜かれるという時点で、圧倒的に不利だったのね。そんな馬鹿げた火力を持つ武器を用いられていた事と、その多機能さを今まで周囲に覚られず振るえていた、こいつ自身の技量という意味でも絶対的に。

 人狐戦、だったか。こいつと九鬼君が、豊住と衝突した際の戦い。その時から既にヒントはあったのに、見落としてしまっていた訳ね。


『「……拳骨で済むと思うなよ」

「くぉん」


 両手でそれぞれ狐の顔を作っておどける豊住さんに、一番合戦さんは走り出す。

 道中刀を引き抜くと刀身から火が噴き出し、周囲の物を焼き飛ばした。アスファルトに触れていた分の炎だ。

 猛る炎は虎の如く、容赦無く小狐達を飲み込んで、攻防一体の陣を敷くと豊住さんまでの道を切り開く』。


 ものに触れると爆ぜる剣。そう語られておきながら、牽制の為に投げられアスファルトに触れた瞬間、全く焚虎は発火していなかったのに。

 まるで、フィクションの中のご都合主義みたいに、アスファルトから引き抜かれる瞬間という、それは一番合戦にとって丁度よく、こういう解釈によるこんな例外もあるんですよと、絶望的なまでに見栄えのいい嘘を。その後、豊住から九鬼君を逃がす為、特に何を斬った訳でも無いのにただ焚虎を振り上げただけで、火の壁を生み出していたように。

 いやだって、そうでしょう。そう解釈してしまった九鬼君は何も悪くないし、作戦会議の際敢えてそこを指摘しなかった豊住も、別に恨もうとは思わない。もしかしたら豊住でさえ、見落としていたのかもね。

 『ものに触れると爆ぜる剣』なんて、炎刀型から見れば当たり前って言っていいぐらいのガバガバ過ぎる説明じゃ、勝手にこっちで想像して、補填ほてんしてしまうわよ。そういう事もあるのかなって。何かに触れている瞬間でさえ発火しないなんて、いやそんなの、炎刀型じゃないじゃない。説明しているように見せかけて本当は、何も話しちゃいなかったのよ。

 言葉巧みに相手の想像力を利用した限り無く嘘に近い、上辺だけの意味をすくった、灰色の事実だけを並べて。

 ただ秘密にして押し黙るのではなく、その上から全く見当違いな方へ思い込ませるという二重の策で、自分の力と正体を、隠し続けていたんだ。


 ……百鬼の性質を持つその火を放ってしまえば、妖刀とバレて、審査以前の大問題となっていたでしょう。ならこいつ、本当は好きなタイミングと勢いで焚虎から火を放てれば、全く発火させないようにも出来るのかもね。ほんの一瞬だけれど、世界から海を斬り取ったように。

 一〇〇年かかるものをたった一代で完成された神刀の、その正体は未だ不明な妖刀。焚虎という名前すら、今となっては正式名なのかも甚だ怪しい。


 妖しく怪しい、人の手には決して負えず、心を惑わせる異形の存在。


 あんた確かに、百鬼だわ。



 人としてもそれは優れた鬼討で、怪物としても並ぶ者はいない、立派な大妖怪よ。




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