溶け出す憎悪


「……それが何」


 矢張り、鬼討であろうと百鬼。いや、百鬼だからそこと言うべきか。

 警戒しつつも、あたしは引き寄せられてしまう。


 何が狙いか、何を話そうとしているのか。その中身は信じるべきか、疑うべきか。

 いや、兎に角今は、目を離すな。

 目を逸らしたら最後、物事の本当を見失う。

 先代達がそうやって、人間達がそうやって、罪を犯して来たでしょう。


 表面上は冷静に応じたあたしに一番合戦は、矢張り得体の知れない余裕を持ったまま口を開く。 


「私の刀は、触れた瞬間火を放つ」

「知ってるわよ。癇癪かんしゃく持ちみたいな刀だからね」

「分かってないだろ。その意味を」

「は? 合ってるじゃない。斬りつけた瞬間、爆弾みたいに爆ぜる刀でしょ? 鎮火はあんたの意志で出来るし、火力の加減も出来るみたいだけれど、刃に何かが触れた時点で発火そのものをキャンセルする事は……」


 待って。


 一気に背中が冷たくなった。


「なら、鞘に収まり続けている間に延ばされた火は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……。いつ放たれるんだろうな」


 沖へ逃げるように、海に飛び込もうとした時だった。


 その判断に、これと言った複雑な理由は無い。もう単純に、こいつの火から逃げる為。

 昼間の作戦会議から、分かっていた事だ。こいつの剣が、妖刀であるかもしれないという事は。だからもし、豊住がコンビ時代一番合戦から聞いていた、焚虎たけとらという神刀である設定上としての能力と、本当のあの刀の能力は、異なっているかもしれないと。

 だからこそ一番合戦と当たるのは、九鬼君ではなくあたしが妥当だとなったのだ。火の専門家、赤嶺家の者であるあたしなら、火を特徴として持つ限り、神だろうが百鬼だろうが、誰よりも適切に対処出来るであろう知識と、常時帯刀者である実力があったから。

 確かに九鬼君から、一番合戦が赤猫だと聞いた時から、もし戦う場所を選べるなら、浜降はまおりも出来、百鬼にとっては強烈なプレッシャーとなる、海でやりたいと考えていたものである。というかパッと対応策を考えた時、それぐらいしか浮かばなかった。これが明日とか明後日ならまだ、家から大急ぎで諸々の道具を手配させて、もっといい状態での対応が出来たのだけれど、その話聞いた、当日の夜だからね。やれる事なんて高が知れてる。なら、限定された条件下でベストな判断をし続ける事が、この戦いを少しでも有利に持ち込める手段でしょう。

 それは矢張り、昔から伝えられる堅実な術になり、例にならって清めをやるに当たって最強である海へ逃げようと、身をひるがえそうとしたのである。単純に考えても、水の中なら燃えずに済むから。

 突然足元から、水の感触がごっそり消えるという、奇妙極まりない感覚に阻まれたが。


 幾ら浅いと言っても、膝から下が半分は浸かる程度の深さはあった。それにここは、海である。潮の満ち引きで波打ち際の位置が変化しようと、突然プールの水が抜けるように消えるなんて事あるものか。

 時間にすればほんの一瞬。勘違いだったかもしれないと思う程のまたたき。でもその感触は確かに異常で、強烈な不気味を纏う確信となり脳裏と骨髄に焼き付いた。


 後ろから、爆弾が落ちたのではと思う程の、熱と光が押し寄せる。まだ寂しい足元から消えた水と、入れ替わるように来たそれは、あたしの背後から昼間のように夜を襲った。いやもうその凄まじさは、太陽が落ちたと言ってもいいだろう。


 水平線から突然顔を出した太陽が、気が触れたような速さで波を掻き分け、すぐあたしの後ろでにたついているようだった。


 ああ、恐ろしくて堪らないだろう? 訳が分からず不吉だろう? と。


 あたしを背後から、後光のように照らす光を浴びる一番合戦は、石のように冷たい無表情をしていた。眩しさに目を細めもせず、死んだような顔をして。

 でもすぐに真っ暗になって、分からなくなる。


 戻ってきた冷たい圧力に、つい前へ押し出された。


 太陽が消えたのか。いや違う。海が戻って来た。今まで鳴りを潜めていた海が、夜が戻ると同時にやって来る。この世の波を全て叩き付けられたような勢いとなって、あたしはされるがまま、陸へと弾き出された。


 ――いや、嘘でしょ。


 これら一連の奇妙全てを合わせても、時にすればただ刹那。


 さっきまで組まれていたあいつの右腕が、抜刀した焚虎を握っていた上に、肩まで真っ直ぐ持ち上げられていた事に今気付く。すぐに下ろされ見落とす所だったが、いやそれでも。


 ――の、あんたがやったっての?


 今確かに、あたしの足元から、海を消し去ってみせたのは?


 陸に追い出されるあたしの、目の前に迫る一番合戦は、それは低く吐き捨てた。



「……調子に乗るなよ人間が」


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