溶け出す憎悪
「……それが何」
矢張り、鬼討であろうと百鬼。いや、百鬼だからそこと言うべきか。
警戒しつつも、あたしは引き寄せられてしまう。
何が狙いか、何を話そうとしているのか。その中身は信じるべきか、疑うべきか。
いや、兎に角今は、目を離すな。
目を逸らしたら最後、物事の本当を見失う。
先代達がそうやって、人間達がそうやって、罪を犯して来たでしょう。
表面上は冷静に応じたあたしに一番合戦は、矢張り得体の知れない余裕を持ったまま口を開く。
「私の刀は、触れた瞬間火を放つ」
「知ってるわよ。
「分かってないだろ。その意味を」
「は? 合ってるじゃない。斬りつけた瞬間、爆弾みたいに爆ぜる刀でしょ? 鎮火はあんたの意志で出来るし、火力の加減も出来るみたいだけれど、刃に何かが触れた時点で発火そのものをキャンセルする事は……」
待って。
一気に背中が冷たくなった。
「なら、
沖へ逃げるように、海に飛び込もうとした時だった。
その判断に、これと言った複雑な理由は無い。もう単純に、こいつの火から逃げる為。
昼間の作戦会議から、分かっていた事だ。こいつの剣が、妖刀であるかもしれないという事は。だからもし、豊住がコンビ時代一番合戦から聞いていた、
だからこそ一番合戦と当たるのは、九鬼君ではなくあたしが妥当だとなったのだ。火の専門家、赤嶺家の者であるあたしなら、火を特徴として持つ限り、神だろうが百鬼だろうが、誰よりも適切に対処出来るであろう知識と、常時帯刀者である実力があったから。
確かに九鬼君から、一番合戦が赤猫だと聞いた時から、もし戦う場所を選べるなら、
それは矢張り、昔から伝えられる堅実な術になり、例に
突然足元から、水の感触がごっそり消えるという、奇妙極まりない感覚に阻まれたが。
幾ら浅いと言っても、膝から下が半分は浸かる程度の深さはあった。それにここは、海である。潮の満ち引きで波打ち際の位置が変化しようと、突然プールの水が抜けるように消えるなんて事あるものか。
時間にすればほんの一瞬。勘違いだったかもしれないと思う程の
後ろから、爆弾が落ちたのではと思う程の、熱と光が押し寄せる。まだ寂しい足元から消えた水と、入れ替わるように来たそれは、あたしの背後から昼間のように夜を襲った。いやもうその凄まじさは、太陽が落ちたと言ってもいいだろう。
水平線から突然顔を出した太陽が、気が触れたような速さで波を掻き分け、すぐあたしの後ろでにたついているようだった。
ああ、恐ろしくて堪らないだろう? 訳が分からず不吉だろう? と。
あたしを背後から、後光のように照らす光を浴びる一番合戦は、石のように冷たい無表情をしていた。眩しさに目を細めもせず、死んだような顔をして。
でもすぐに真っ暗になって、分からなくなる。
戻ってきた冷たい圧力に、つい前へ押し出された。
太陽が消えたのか。いや違う。海が戻って来た。今まで鳴りを潜めていた海が、夜が戻ると同時にやって来る。この世の波を全て叩き付けられたような勢いとなって、あたしはされるがまま、陸へと弾き出された。
――いや、嘘でしょ。
これら一連の奇妙全てを合わせても、時にすればただ刹那。
さっきまで組まれていたあいつの右腕が、抜刀した焚虎を握っていた上に、肩まで真っ直ぐ持ち上げられていた事に今気付く。すぐに下ろされ見落とす所だったが、いやそれでも。
――
今確かに、あたしの足元から、海を消し去ってみせたのは?
陸に追い出されるあたしの、目の前に迫る一番合戦は、それは低く吐き捨てた。
「……調子に乗るなよ人間が」
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