その紅蓮、獣の如く。


 何故あたし達が火に優れた血筋であるかは、その刀の呪いだ。かつて野伏のぶしであった頃、盗みや殺しは勿論、放火まで日常的にこなしていたその非道ぷりから呆れられ、そんなに火が好きならくれてやると、どうやっても炎刀型しか生み出せない呪いをかけられる。それしか出来ない分それを作らせれば、右に出る者はいないようにと。流石は神格を落とそうと、鍛冶の神様と言うべきか。

 殺しに関しては剣の才は元々ある血筋のようだし、盗みの方は門外漢な上、そんな部分を伸ばす力を与えれば、また神格が下がってしまうだろう馬鹿たれがと無視された。当たり前である。


 そうして鬼討として、あがなう為に戦い始めた赤嶺獣如じゅうにょだが、初めは恐怖に駆られていただけのその活動も、人々に感謝されていく内に改心の元となり、やがて赤嶺組が立ち上げられる。


 赤嶺とは、戦い続ける者。例えこの世から百鬼が消え、永遠の平穏が訪れようとも、それでも我々は、戦い続けなければならない。この身に流れる罪の血に負けない為、決してあがないを忘れない為に。


 振るい続けるのだ。あの山の如く、その身が赤く染まって果てるまで。


 そう今も語り継がれる赤嶺家の家訓及び、赤嶺組での気構えを残した、初代赤嶺家当主赤嶺獣如じゅうにょ。彼の愛刀となる元神様の妖刀は、それは扱いの困る代物だった。

 いや、妖刀へ堕落させた身分で言えた事では無いのだが、兎に角厄介な力を持ってしまっていたのである。

 それは強力だが、野放しにしておくには余りに危険だと、獣如様はその力をコントロール出来ないか、試行錯誤に明け暮れる。完成されたそのすべは当時、まだまだ未熟であった鬼討達に広く伝わり、多くの神刀へ用いられたそうだ。尤もその後に、そもそもそんな危険な神刀を生み出すような鍛錬及び鍛冶の方法が見直され、そこを避けさえすればそんな手間も要らないと、やがては廃れてしまうのだが。『鞘名さやな刃名じんめい』。二つの名を与え、二段構えの縛りで力を抑える、神刀へかけられた戒めのじゅつは。


 ほむら穂先ほさき。今やあたしが愛用しているこいつは、現在もその古い術が見られる貴重な刀で、鬼討の歴史を知れる、大事な資料でもあるのだ。



「一応神刀よ? 一度神格は失ってるから、限り無く妖刀に近い力を持ち合わせてもいるけどね」


 再び燃え始めた焔ノ穂先を、脇に垂らしながらあたしは言う。


 一番合戦は依然、目を見開いていた。きっと右手は火傷を通り越し、黒く炭化しているだろう。焔ノ穂先、こいつの本来の力は、百鬼だろうと簡単に触れていいようなものじゃない。

 神でありながら、百鬼に落とされた恨みを抱える悪神あくじんの刃だ。その善悪正負一体のでたらめな力は一番合戦、あんたの焚虎と、あんたそのものに非常に近い。

 妖刀でありながら、百鬼を払う為に生み出されたその刃と、赤猫でありながら鬼討でもあろうとした、何とも哀れで優しい、お人好しなあんたにね。


「……やめろ」

「あら、今時まず見ない代物だし、復習でもしてみる? 『鞘名さやな刃名じんめい』。かつて危険な神刀にかけられていた、封印術ね。今はそもそも、そんな危険な性質を持たせない鍛冶技術や鬼討の鍛錬法が生み出されているから必要とされないものだけれど、でもこの術をかけられたまま現存している神刀とは全て、現在の作り方で生み出された神刀達より、遥かに凄まじい力を持つわ。比べるのも馬鹿らしいぐらいにね。主に使用者へ、回復不可能な程深刻なダメージを与えるという、大きな代償と引き換えに。だからこの、『鞘名と刃名』という二つの名前を持つ神刀は、扱うなら一つ目の名前、鞘名さやなとどめて、絶対に二つ目の名前、刃名じんめいを呼んで、その力を起こしてはいけないと。大凡おおよそが使用者に、洒落にならないダメージを与えるからね。その分神が相手だろうとまあ、大抵の奴はぶっ飛ばせる力を振るえるけれど」

「やめろと言ったんだ赤嶺」

「絶対に嫌よ」


 やっぱり知ってるか。

 断言しながら、頭の隅で思う。

 あんたも、常時帯刀者だものね。赤猫でも。


 小さく燃え続けていた焔ノ穂先の火が、静かに消える。露わになった刀身は、黒く濁り果てていた。

 浴びせられ続けてきたそのけがれを、表すような漆黒へ。

 重ね続けた赤嶺の罪を表すような、底の見えない暗闇へ。


 ぶった斬って、焼き払ってあげるわ。二度と立ち上がれないような、炭のような真っ黒に。


「……悪いけれど、本気で斬るわよ。一番合戦」


 右手で柄を握り、身体の中心線に構えたあたしは、息を吸う。

 同時にこちらへ飛び出した一番合戦が、目の端に映った。


「――刃名、『魂喰たまぐらい死炎しえん』」


 刀身から再び火が噴き出し、熱く景色が燃え上がる。

 それは不吉な赤だった。普通の火では無いと、きっと誰しも、一目で分かると思う。

 血を零したような、深紅をしているのだ。

 赤嶺の名の由来となる、その蛮行を表しているらしい。人目を気にしなくていい場所ならぺらぺら喋る、お喋り好きなこいつ自身が言っていた。


 黒い刀身はけがされた己と、お前達赤嶺が重ねた罪。血のような火は、お前達の罪状を示す。住処を染めた程の血を流させた殺しと、数え切れない程の火付け。それに焼かれるような黒い刀身はさしづめ、その自らの行いに私の怒りを買った、愚かなお前達そのもののようだ。はりつけにされ、火炙りの刑にでも処されているようなな……。ふん。


 鞘名、焔ノ穂先。刃名、魂喰たまぐらい死炎しえん。二つの名を持つこの刀だが、どちらも名の由来は、この妖刀とも神刀とも呼べる、何とも曖昧なこいつの能力一つにある。真価を発揮する際その代償に、持ち主の魂を喰らうという。

 妖刀として神格を落としてしまった際に付いてしまった、マイナス的な力だろう。本来神とは真摯に祈れば、大抵の願いは聞き入れてくれる。誠意を示す為にどれぐらいの期間で、指定した時間に毎日お参りをしに来なさいとか、手に入れるのが難しいお供え物を、頑張って集めて来なさいとか、手間はかかるけれど命は取らず、ただその願いを抱える人間の、覚悟や性質を測る為の試練を課せはするものの、それが出来ればまあ大体。あるいは、いつもあなたはお参りをしに来てくれているからそのお礼に、何か願いを叶えてあげましょうとか。

 戦いと鍛冶の神様であったこいつも元々は、そういう形で人々に力を貸していただろう。でも赤嶺が乱暴に扱った所為でその力は変質してしまい、それは悪魔的と言うか、手っ取り早い形になる。


 ――長ったらしい試練も、面倒なお参りや供物集めも、必要無い。払うものさえ用意してくれれば、その望みがどれ程醜く愚かであろうと、喜んで手を貸そう。人間性だって問いはしない。その身という代価さえ、しっかり払ってくれるなら。

 何にでも例外とは付き物だがまあ、大抵のものは斬り伏せて、焼き飛ばせるぞ。きちんと払ってくれるなら。


 焔ノ穂先も、魂喰たまぐらい死炎しえんも、この危険極まりない力を元に付けられた名なのだ。

 当たり前のように地から養分を吸い上げ、ぶくぶくと肥え太っていく稲穂のようで、放つは命を喰らって生まれる、死の炎。

 腐っても神だ。それも戦いと鍛冶を司る。百鬼に落ちようとその力は、並みの一〇〇年かかって作り上げられる、元は物体であった九十九神つくもがみである神刀とは格が違う。最初から神だった上に今日まで振るわれ、力を蓄え続けて来た怪物だ。

 赤嶺家とは、枝野と並ぶ程の古い家。その最初の神刀が重ねて来た時は、ざっと数えても六〇〇年。



 悪いけれど、得物で負ける気はしないわよ。




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