ある名家の話。 ――弐





 ほう。馬鹿の割に随分と気が利くじゃないか。そうだ。私は頭に来ている。ずっと見てはいたのだがな……。いかんせんお前らがろくな扱いをしてくれなかったものだから、あっと言う間に神格が下がって、何も出来なくなってしまった。やっと、事を起こせる時が来たから、こうして現れたという訳だ。ふん。醜悪しゅうあくな獣もどき共め。存分におののくがいい。


 ま、待てよ。あんたが神だってのは信じるさ。こんな事が出来るのは、神か化け物ぐらいしかいねえ……! でも、でもよ、どうやったら、その……怒りを鎮めてくれるかと言うか……。頭領を、返してくれるんだ?


 何? 見れば分かるだろう? この男は死んでいる。返すも何も……。まあ、いつまでもこんな男を依り代とするつもりは無いからその内には返すが、この男の魂はもうこの世に無い。私が貰った。




 確かにどこかで分かってはいましたが、しっかり者の頭は、真っ白になってしまいました。




 ふふ。醜い顔よ……。……こんな事で喜んでしまう私も今や、お前達と同類か。




 かつて神であったという刀は、乗っ取った頭領の口からそう言うと、右手に収まる己を振るわせました。


 矢張りそれは、素晴らしい太刀筋でした。

 何でも斬り伏せるその刀に支えられた一閃は、あっと言う間にしっかり者の辺りにいた者達を、破片へと変えてしまったのですから。




 ああ、ああ……!




 仲間だったものの血を浴び、真っ赤になったしっかり者は、もう何も分からなくなって、頭を抱えてうずくまりました。




 おいおい。何をこの程度で動けなくなっている。お前達のこれまでの行いの方が、余程よほど罪深く惨たらしかったろうに……。ふん。何だ人とは、存外ぞんがい勝手な生き物なのだな。崇められていたからいい気になっていたが……。いや、昔からこうだったか。――まあ今はいいだろう。おい。余所よそを向くな。私が話しているのだぞ。




 神だった刀は血を払いながら言うと、ずんずんとしっかり者に近付きます。その途中で、しっかり者の仲間だったものを踏み潰したり蹴り飛ばしたりしましたが、全く気にも留めません。

 腰を下ろすとしっかり者の顎を掴んで、顔を上げさせた神だったものは言いました。




 ――罪をあがないたくはないか? うん? さすればその命、落とさずに済むかもしれないぞ。いや、落とさん落とさん。私の言う通りにさえしてくれれば、ここで散ったお前の仲間達より余程長生き出来る上に、まだまともな死に方も出来よう。




 でもその口振りは、とても神とは思えない、不気味な響きでした。

 でも、仕方無かったのです。かつては武人と職人の為に作られ人々から愛されていた、戦いと鍛冶の神様ではありましたが、赤嶺達の非道な行いによりその刃が汚される度に、神としての身分を落とし、今やその存在は、怪物の力を秘める刀、妖刀となっていましたから。

 赤嶺達の重ねた罪が、一〇〇〇を迎えようとしたその日の夜、やっと妖刀としての力を得た神様だったものは、化けて出る事が叶ったのです。一〇〇〇度目の罪、人々の願いを聞き入れ、幸福を祈る神でありながら、その力で人間に取り憑き、その刃で人間を斬るという、頭領の殺しを行う事によって。

 妖刀、百鬼としての力を、けがれや罪という形として、知らず知らずの内に赤嶺達が神様に、注ぎ続けていたのでした。




 私は神に戻りたいのだ……。こんな醜い姿とは、一刻も早く別れを告げたい。だからだ、その為のすべを、お前が手伝え。筋は通っているだろう? 元々お前達は罪にまみれているし、そもそも私がこうなったのはお前達の、数ある罪の中の一つの所為だ。ここに散らかっている者達や、今身体を借りているこの男のように殺してやってもいいが……。いや、それでは異形としての力が増すだけで、神からは遠退とおのいてしまう。ばちを当てるという意味では神らしくていいかもしれないが、それでは余りに手間だ。もっと大きな事をして、早く神に戻りたい。この身に染み付いた罪の数々を、大きな善行という大河で注ぎたいのだ。さっぱりな。いい話だろう? お前は手伝えば自分の罪はあがなえ、私には狙われなくなり、その上名誉も手に入る。なにせお前はこれから、誰もが敬う偉人となるのだからな。一族の名を背負えば、連中の罪も纏めて清めてくれよう。なーに何をすればいいのかは私が教えてやろう。崇められるのは得意だ。そうだな……。まずは、お前の存在を広める為に名前が要る。ふん。私が考えてやろう。獣如じゅうにょだ。お前はこれから、獣如じゅうにょと名乗れ。赤嶺の獣如。赤嶺獣如だ。獣のようなお前達には相応しい……。おい、違う名を名乗ったりするなよ。途端に首が飛ぶからな。支度を終えたら山を下りるぞ。こんな所にいては救世も何も無い。




 そう押し付けるように話し終えた妖刀は、乗っ取っている頭領を立ち上がらせると背を向け、どこかに歩き出します。




 な、何を、やるんですかい……? 救世って……。




 魂が抜けてしまったような声で、赤嶺獣如じゅうにょは訊きました。本当はそんな事はどうでもよくて、ただ考える力を、失っていただけかもしれません。


 発せられた数々の言葉に、取り敢えず反応しているだけのようなその声に、神だったものは、にやりと笑うと振り向きます。




 救世は救世だ。お前はこれから私を使い、鬼討になるのだ。まあ有り体に言えば、妖怪を退治し人々を守る、お節介の塊のような役目だよ。化け物には化け物を差し向ければいい。お前が死んだ所で喜ぶ者はいても、悲しむ者はいないだろう? その捨て身で、善行をこなすのだ。……私もそうしていればきっとその内、神に戻れる日が来るだろうさ。




 これが、火の専門家と名を馳せる炎刀の名家、赤嶺家の始まりである。まあはっきり言って、クズい。あたし達の先祖も、赤嶺家最初の神刀となる、その刀も。



 まあそんな性格に捩じ曲げてしまった側が何を言うのかという話だが、その刀が祀られていたという神社は当時、ご先祖様が綺麗サッパリ放火で駄目にしてしまったようで、その刀がどこの神様だったのかは、今も分かっていない。



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