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ある名家の話。 ――壱


 昔々、ある所に、それは恐ろしい野伏のぶしの一族がいました。


 私利私欲の為に村を襲い、火を放ち、人も獣も、時には百鬼まで殺め、強奪を繰り返す彼らの住処である山は、殺したもの達の血で染まり赤い嶺、赤嶺と呼ばれていました。周囲の人々はその山の名から彼らの事も、赤嶺と呼んでいたそうです。


 その一族の頭領が使っていた刀は兎に角よく斬れ、いいものを盗めたものだと、いたく頭領は気に入っていました。何せどれだけ乱暴に扱っても、刃毀はこぼれ一つしなかったのです。

 どれ程男を斬ろうとも、どれ程女を斬ろうとも、どれ程子供を斬ろうとも、どれ程乳飲ちのみ子を斬ろうとも。

 邪魔だと木を斬っても、獣を斬っても、百鬼を斬っても、倒れるのは相手の方でその刀は、一度もびくともしなかったのです。

 赤嶺達の間でその刀は、家宝のように扱われていました。一族を率いる事が出来る者にのみ持たされた、頭領の証でもあったと言います。何せ本当に、何でも斬れれば、何をしても壊れなかったのですから。一度も手入れがした事が無いのを、誰もが忘れていたぐらい。


 ある日、もう彼らの重ねた罪が、一〇〇〇を迎えようとしていた頃、ふと誰かが気付きました。最近一族の者達が、妙に早死にをしていると。特に、頭領が。

 気付いた者達は、振り返ってみました。確かにここ何代か、すぐに頭領が代変わりしている。みな戦いになれば強く、盗みも誰よりも上手いのに、妙なものでも食べて当たったのか、不思議とすぐに死んでしまうのだ。頭領になり、あの刀を提げるようになった途端。


 まさか。偶然だろう。こんな方法で生活してる我々なんだ。医者になんて誰も行った事が無ければ、いつ死んでもおかしくもない身分じゃないか。少なくとも身体を冷やさず、ちゃんと食べて寝れば、病気なんてかかりっこない。あとはそいつの運次第さ。つまらない事を考えていないで、もう寝よう。


 そう誰かが言った時聞こえた足音に、皆は振り返りました。

 そこにいたのは、今の赤嶺を率いる頭領です。


 何だ。驚いた。さっきもう寝ると言ってねぐらに入って行ったものだから、もうてっきり朝まで起きないかかと。


 誰かがそうほころんだ時、その誰かの首が飛びました。

 その場に居合わせた手下達はみな、凍ったように動かなくなります。




 何を……何を考えてやがんだ頭領!




 最初に我に返った手下の一人が、頭領に叫びます。でも、背中から月に照らされている頭領の顔は、よく見る事が出来ませんでした。




 気でも触れちまったか……! ――おいてめえら! 何とかひっ捕らえて


 酷い言いようじゃないか……。さんざ振るっておきながら、とんだご挨拶だ……。




 そう言った頭領の声に、手下達は耳を疑います。

 確かにその声は頭領のものではありましたが、頭領は日頃、そんな話し方をしません。


 やはり気が触れたのだろうか。然しその割に、酷く冷ややかで、落ち着いた話し方をする。

 最初に我に返った、しっかり者の手下の一人は、もっと頭領をよく見ようと、目を凝らしました。でもそうした事を、すぐに悔いる事になります。


 頭領の喉は、裂かれていました。真一文字に、どうしてまだ首が繋がっているのか不思議でならない程に深く、鋭く赤黒い直線となって、走っていたのです。

 骨で何とか繋がっているのでしょうか。どことなくその頭は、ふらふらと揺れているように見えて、今にも落ちてしまいそうでした。その喉元から流れる血はとめどなく、盗んだ頭領の着物を、腰まで濡らしていました。


 そんな様で、生きている筈が無い。そうしっかり者は覚ると同時に、気付きます。首に走るその直線は、まるで刃物で作られたようで、きっとその傷は頭領の片手に収まる、抜身のあの刀によって作られたものだろうと。でなければ先までのあの静けさが、余計におかしくなってしまう。もし誰かの襲われたのなら、きっと頭領は助けを呼ぼうと、自分達に声を張り上げていた筈だからと。それも奇妙で堪らない話だがきっと頭領は、自分で自分の喉を、それは静かに斬ったのだと。助けを求めなかったのは、そういう事だ。

 それでもその裂かれた喉で、しっかりと話せているとは、一体どういう事なのか。

 妖怪か。化け物か。何かに取り憑かれでもしたのか。


 考えている間に、また誰かの首が飛びました。


 その余りの速さは確かに、頭領の太刀筋です。見間違える筈がありません。何でも斬って、何でも殺していた程の、腕でしたから。




 よう斬れる。よう斬れる……。なあ、お前。よくも俺を、こんな醜い刀へと変えてくれたな。




 頭領らしい何かは笑いながら、しっかり者に言いました。

 恐ろしさにすぐに言葉を返せなかったしっかり者に、何かは続けます。




 ……「俺」? ああ、こんなはしたない口の利き方はしていなかった筈なんだがな……。忌々しい。すっかり貶められてしまったようだ。――おい。呆けるなお前。余り馬鹿のような顔をしていると、他の者達を一人ずつ殺していくぞ。


 ままっ、待ってくれ。聞いてるよ……! だ、誰なんだ、お前は……?


 誰? ふん。ご挨拶じゃないか。この私を……ああ、そうだ。「私」だったな。この、由緒正しき神社に収められていたこの私を奪ったのは、お前達だろう? 私の住まいを焼き払い、世話をしてくれていた者達まで殺し、この小汚い山に連れ込んだのは。ああ、汚い汚い。全く、何と表せばいいのだろうな。この胸の悪さは。




 そこでしっかり者は、代々頭領達が使って来た刀は確か、祀られていたものを盗んで来たものだという話を思い出しました。もう自分達のものになって久しいと思い込んでいた彼らは、その刀が元々どこにあったものだったかという事も、忘れかけていました。



 そしてしっかり者は、思います。神社に祀られていたその刀の報いを受けているのではないかと。罰当たりな事をした我々に、神に代わってその刀が、呪いを与えているのではないかと思ったのです。





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