不安材料主力武器


「……だから、本気であの人を止めたいのなら、そこを突こう。確かにあなたは何も悪くなかったけれど、でも事実歴史を変え、大量虐殺をし、同族まで裏切った、大罪人でもあるのだからと。そうするしか無かったとしても謝らなきゃいけない事なんて、いっぱいあるよ」


 屋根を見上げたまま、豊住は言う。

 あたしは聞き終えると、乱暴に頭を掻いた。


「……思いっ切り怒りを買うでしょうね。つか本当に性格悪い」

「まあお説教と言えばそうでも無いかも。ちゃんと筋は通ってるし」

「通り過ぎててびっくりよ。もっとこう、ただの嫌がらせを極めたみたいなえぐいの来るかと思ってたけれど」

「そっちで出来た方が幸せだよ」


 頭を下ろした豊住は、嘆息しながら右手を伸ばす。こんな現実、冗談だったらよかったのにと言うように。


 豊住の右隣にはスーパーの袋が置かれてあって、中から飲みかけの三ツ矢サイダーを取り出した。最初に現れた時には持っていなくて、九鬼君とこいつの妹が席を外すと、気付けば影から現れている。

 袋に入っているという事は、ちゃんとお金を払って得たものらしい。盗みが仕事みたいな人狐にしては律儀と言うか、人間みたいな動きもするのだなと思った。日々並みの鬼討よりも百鬼について学んでいる常時帯刀者としては、珍しい生態を見れて面白いとも思う。そもそもここまで力を付けた狐をお目にかかれて、かつこうしてしっかりとコミュニケーションを取れている現状が、既に貴重な体験なのだが。


「……あんたってさ」

「――何?」


 飲み始めたばかりだったサイダーのペットボトルから口を離すと、すぐに豊住は答える。

 何だろう。その仕草でもう、こいつは本当は、悪人じゃないんだろうなと、上手く説明は出来ないけれど思えてしまった。そうるのは決して語ろうとしない、あんたの過去にあるのだろうとも。


 そこを問い詰めるのも野暮に思えて、あたしは用意しかけた言葉をひるがえす。


「なぁんでも。要は、それ言えばいいのね?」

あおるように言っちゃ駄目だよ」


 豊住は言った。


「内容から既にあの人の心を、土足で踏み荒らす上にズタズタに凌辱りょうじょくするから、変な言い方しないでね。ていうか、しなくていい。既に十二分な打撃だから、そこから不用意に刺激させると、本当に怒るよあの人」

「? いやあいつ、元々怒りっぽいじゃない。確かにあたしが悪かったけれど、昨日は普通にぶん殴られたし」

「……かなり我慢強いんだけどね。本当は。ていうか地味に凄いよ。一番合戦さんに手を出させるなんて。まあ見てたから知ってたけどさ」


 あれだけ好きにやってた私だって、刺すまで一度も怒らなかったのに。

 とかよく分からない事を言いながら豊住は呆れると、また組んだ足の上で頬杖をつく。


「分かってるだろうし確認として言うけれど、この作戦の目的は、一番合戦さんを説得する事。傷付けて怒らせる事じゃない。周りが見えなくなってるあの人の目を覚まさせて、暴走を止める事だよ。宥めないといけないの。ただ意地悪い事言って怒らせるんじゃないんだから、上手く話すタイミングを掴んだら、しっかり落ち着いて話すんだよ」

「? うん。分かってるわよ?」

「ほんとかなあ……」

 

 それは心配そうな顔をされた。

 そして額に手を当て俯くと、何やらブツブツ言い出す豊住。


「……やっぱり最初に考えてた通り、私が出張る? いや、うん……。全快では無いけれど、犬を相手にするんじゃないんだし、多少の無理ぐらいならまあ。相手も相性がいい、一番合戦さんだし。いやでも、私が表に出たら、きょうだい達の指揮管理がいい加減になるし……」

「大丈夫よ。喧嘩しに行くんじゃないって分かってるし、このまま放っといて、あいつとあのお兄さんがれ違うのは寂しいわ」

「まあちゃんと見てるから、まずくなったら役目は果たすけどさ、お願いね? この作戦、あなたがかなめなんだから。あとあなたはそんなに実感無いかもしれないけれど、ほんとは一番合戦さんってそれは気長で、怒ったら相当凄まじい人だからね」


 何がそんなに不安なのか、そう言った豊住は、最後にもう一度確かめた。



「一番合戦さんと話せる最後のチャンスを、あなたに託します」



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