35

歪な獣達


 持つ力の割に、それを扱う心は酷く脆い。昼間に一番合戦を指して、豊住が言っていた。


「――支えが無いんだよね。あの人って。絶望的に一人でしょ? 猫だった頃の関係は失ってるし、赤猫になってもすぐに断たれたし、ご両親には勿論周囲全ての人間には自分の正体を隠しているから、拠り所ってものが全く無いんだよね。ほら、真面目な人とかしっかりしてる人って、話聞いてみたら生きるのに必死でしょ? ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃ、自分が何とかしなきゃって、いつも気が張ってるからあの頼もしさなんだよね。まあ周りはそんな事にまず気付かないから、平然と頼ってプレッシャーをかけ続けて、それが降り積もって遠回しに自分達がその人を壊した事にも気付かないで、もしその人に何かあったら『珍しいね』って他人事みたいな言葉で済ませて、まあその内また、元気になるだろうと勝手に思ってる。はは。滑稽。日頃ああも凄まじくしゃんとした人がぶっ壊れて、その辺の人みたいに簡単に立ち直れる訳が無いでしょう。甘え方を知らずに生きて来て、積もりに積もったストレスにぶち折られたんだから。まあの人は、まだ折れてないけれど。既に大分危ないけどね。偶然にも安全とは言え、鬼討が一人しかいないような土地で暮らす事にもなったんだし。赤猫になって一度目の人生でも相当胃に来る事ばかりだったけれど、強いストレスに晒され続けているのは同じでしょ? 然も現在進行形で、誰にも話せないだんまり記録更新中だし。よーく病気にならないよねえそれも見てて逆に怖いけれど、まあだから一番合戦さん、物理的な暴力にはそりゃあ強いけれど、精神的に攻撃されたら、びっくりするぐらい弱いよ。抱えがちな人には、付き物な話だけどね」

「……だから、そこを突こうって?」


 冷静に返したつもりだったけれど、声に不満が出てしまう。


「わざわざ向こうの得意な土俵に合わせて、戦う義理も無いからねえ」


 豊住は掛けた駄菓子屋のベンチにで、ゆったりと足を組み替えながら笑った。左右の足が上下どちらになろうとも、膝の上で頬杖をつくのは変わらない。


 人のよさそうな顔をして、こうした挑発的な態度が様になると思った。

 まあ狐だから外見なんて、どうとでもいじれる話だが。


 結構小柄な方だけれど、泰然とした態度が大きく見せる。一番合戦を貶めるなど、造作も無いと言うように。


「嫌?」


 正面で腕を組んで立つあたしに、豊住は尋ねる。


「九鬼くんなら、さらっと受け入れてくれるんだけれど」


 そうだろうか。眉を曲げる。

 今、当の本人はいないけれど。


 先に彼の方の作戦を立てたので暇になり、勝手に乗って来てしまった放置自転車を、元の場所に戻しに行っている。あの最初は何繋がりだろうかと訝しんだチビ、豊住の妹と一緒に。

 あのチビはこの作戦中彼に付いて、豊住に居場所や状況を伝える、発信機の役を担うらしい。


「うん。あれで九鬼くん、結構性格悪いからね」


 あたしの胸中を見透かすように、豊住は笑う。


「……ほんとにそうなら、あんな作戦乗らないと思うけれど?」


 本人がいいと言った以上文句は言わないけれど、相当に危険な役を買ってくれている。

 買ってくれていると言うか、この役以外は認めないと言うように。


「まあ九鬼くんも男の子だからねえ。男のプライドってやつでしょう」

「ふうん」


 まあ確かに、この場で一番彼を知らないのはあたしであるが。こいつ去年は、一応九鬼君と手を組んだ事もあるそうだし。


「――一番合戦さんを海におびき出すのは賛成だよ。浜降はまおりとは、流石は鬼討ならではのアイディアと言いますか。確かに塩の入った水なんて、これ以上無い結界とプレッシャーになる」


 豊住は、あたしが露骨に面白くない返事をしてしまった事には触れず、話を戻すように言った。

 ……てっきり、思い切りからかわれるかと思って焦ったけれど、そういう事はやらない部分には、正直好感を覚える。


「あんたならどうしてたの? 浜降りが頭に無かったのなら」

「簡単だよ。クラスメートに化ければいい。沼地さんっていう仲のいい友達がいるから、あの子に化けたら確実に動きがにぶる。斬られたら大袈裟に痛がってみせて」

「性格わる


 普通に不愉快な顔をした。

 お構い無しに続ける豊住。


「まあ火を司る百鬼と、炎刀型を振るう鬼討であるという時点で、そもそもとんでもなく不利だしね。正直そんな小細工も余計な手間とは思うけれど……まあ、念には念を入れて。あの人もプロだから、初動を潰すだけの誤魔化しだけどね。偽の姿を取られた程度で、本当に手も足も出なくなる事は無いよ。私普通に、古傷狙ってぶった斬られたし。お陰で傷跡酷くなって、ぶっちゃけ着替える度にテンション下がる」

「あんた達もそうとうに拗れてるわよね……」


 二人を友達だったって九鬼君は言ってたけれど、豊住はその辺を詳しく語る気は無いらしく、あたしは豊住と一番合戦の関係を、きちんと把握出来ていない。


 何だか九鬼君も部外者のような口振りだったし、本当に当人達に尋ねるしか、知る術は無いのだろう。あなた達は何ですかって。何って、そんなの答えられる人、そうそういないんだけれどね。


 あたしとこの人は友達だろうかとか、知り合いだろうとか。そんなのいちいち確かめながら築く関係なんてどこか病的だし、大した理由が無い繋がりこそ、強く深いのが大半だと思う。そういう縁で、何か気付いたら一緒にいたと。



 例え両者の間に、どんなしがらみが横たわっていようとも、合う時は合っちゃうのよ。それを本人達が、どれ程悩ましく、煩わしいと考えていようとも。



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