その狡猾、悪辣なり。


「いつ、どんな風に知り合ったんだろうな。猫の頃の事は、殆ど覚えてないけれど。私の何がそんなにいいのかも、全く見当が付かないが。馬鹿な奴だと思った。私にはそんな気全く無いし、向こうもそれには気付いてるだろうに。だろうに、追いかけて来て。もうとっくに、忘れられてると思ってたのに。――一体、いつの話をしてると思ってるんだよ」


 とても見ていられなかった。

 だってあんた、なんて辛そうに笑うのよ。


「でも、そういう事なんだよな」


 同意を求めるように、一番合戦があたしを見る。

 お前が言いたいのは、こういう事なんだろうと。

 誰かが誰かを思う事を否定するなど、誰にも出来やしないのだと。


「何百年経ったって、覚えてるものは覚えてるさ。私が未だに、あのやくざ者共を思うとはらわたが煮え繰り返ってとても忘れるなんて出来ないように、誰が何に重きを置いて生きるかなんて、指図するようなものじゃない。……それを私は、踏みにじるような事をしたんだ。それを、仕方が無かったんだと今頃言って、何になる? それじゃあ、あいつが今までどんな思いで過ごして来たのか……分からなくなってしまうじゃないか」

「……だから、わざとあいつと喧嘩するの? その憂さ晴らしに付き合う為に」

「私だけが気に入らないと言うならな。喜んで。だが、町にも危害を加えるつもりなら……」


 一番合戦は言いながら、冷たい焚虎たけとらの刃を見る。


「また自殺して、行方をくらませるのが、一番被害を出さずに済む案だと思う。この土地自体には私も銀も、特に縁は無いからな。あいつにとっても、私がいる場所であるという事に過ぎないし、私がいなくなれば、攻撃する理由も無くなる筈だし……」

「いい訳無いでしょそんなもん」


 ついカッとなって、乱暴に言ってしまっていた。

 頭のどこかではちゃんと分かっているのに、それでも気持ちが前を走る。


「そんなもんの一体何がいいってのよ――本気で言ってんなら怒るわよ!? そんな事したらあの赤猫は、今まであんたと一緒にいた九鬼君を襲うかもしれないし、あんたがまた死ぬじゃない!」

「当たり前だろ」

「当たり前じゃない。自分で命を絶つ事が、当たり前なんかになっちゃいけない。そりゃ人生なんて、死ぬまで生きてるだけと言われたらそうだけどね。何か気付いたら生まれてたから、生きてみてるだけよ。でもそれだけじゃあ退屈だからその道中で、自分なりに理由を作って時間を潰してるだけ。でも駄目よ。そんなのは。例えあと何度人生があろうと、そんな閉じ方をしていい生涯はどこにも無い」


 一番合戦は怒りを滲ませた。


「お前は……」

「あんたまだ、あの人とちゃんと話してないんでしょ?言えばいいじゃない。あの時嘘ついてごめんなさいって。本当はあの時そんな理由があって、止むを得ずあんな事を言ってしまったんだって」


 わざと割り込んで続ける。

 分かってるもの。あんたがどう言葉を返すぐらい。


「……お前達には分らないんだよ。一体何度言わせれば」

「人の気持ちなんて、本人にしか知れないわ」


 まどろっこしい。

 もう我慢出来なくて、一番合戦を強く睨む。


「……大人しく聞いてりゃあ、じめじめじめじめうっさいのよ。あんたの気持ちなんて分からない? ハッ。あんたに限った話でも無いし、言い訳にしては随分脇が甘いわね? だったらあの銀って赤猫の気持ちを、あんたは正しく知ってるとでも言うのかしら? あんたはまだその思いを、何らあいつに話せてはいないのに」


 一番合戦も、怒りを剥き出しにしながらあたしを睨む。


「……それをお前達が邪魔したんだろ」

「いいえ。邪魔されてなくたって、あんたは最初からあの人に、何一つ語る気なんて無かったわ。話し合わず一方的に、自害を選んでいた時点でね。許して欲しいとも思わないし許されるとも思ってないと、勝手にあの人の思いを決めつけて」


 怖いんでしょ?

 そう言うと、一番合戦は黙った。

 何故そう切り出せるのかと、僅かに疑念も浮かべつつ。


「怖いんでしょ?」


 責めるように繰り返す。


「見たくないんでしょ? そうやって決めつけて、自分の過ちを」


 ……なんて性格悪い事してんだろ。

 こいつは何も、悪くないのに。


「そうやって、自分に都合のいい形で終わらせて、これ以上直視したくないんでしょ? 火事がどうとかの方の失敗じゃなく、あの銀って赤猫を」

「……やめろ」


 一番合戦の声が震えた。

 怒りからじゃない。そんなものはあたしが今発した言葉で、蝋燭ろうそくの火みたいに呆気無く吹き飛んでる。


 恐怖だ。

 一番触られたくない所に乱暴に手を入れられて、好き勝手弄り回されているような、それは怯え切って弱々しい。


 何で今まで馬鹿みたいに、真正面から説得し続けていたような奴が、そんな嫌らしい所に気付けるのかと。

 何であたかも手に取るように、自分の心が見透かされているのかと。


 もうその顔が見ていられなくて、やめてしまいそうになるあたしはそれでも続ける。


「拒絶しか出来ないのが、あんたは怖くて堪らないんだわ。あんなに思ってくれてたのに。今も思って、追いかけてくれたのに。……巻き込まないように騙した? そんな事、どうだっていいのよ最初から。確かに三六〇年前のあの大火で、終わると思ってたから当時はそれが最大の負い目だったけれど、今は違う。あんたは生きてて、鬼討になってる。それが辛くて堪らないのよ。まさかまだ覚えられてるなんて思わなかったから。まだ自分は生きてて、思い出して、この先どう生きるかと悩み抜いて、人と百鬼の間に立つ事を選んだ。あんたはそれが、申し訳無くて堪らないんだわ。だってどう転んだって――」

「やめろって言ってんだ!!」

「もし報復が終わったらあいつと一緒に逃げてもいいって、本気で思ってたんだから」


 怒鳴り散らす一番合戦から、目を逸らさずにあたしは言った。



 この性格の悪い手口は、豊住志織のようだと思った。



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