自傷する猫


「今あんたは、よくない方に傾いてる。だから周りが見えてないし、そんな選択をしてしまっているだけ。まあ自分の事となったら誰しも客観視を貫く事は難しいけれど、じゃあ周りの声に、耳を傾ければいいじゃない。あんたこんな事する程馬鹿じゃないでしょ? 話は全部九鬼君から聞いてるから、一人で解決しようなんて」

「同じ事を何度も言わせるな」

「今やろうとしている事は、失敗なんじゃないの。三六〇年前と同じ」

「知ったような口も利くな。私の何を知って偉そうに……」

「あのねえ当事者なんてもうあんたぐらいしかいないんだから知ったように話すしか出来ないでしょうが。自分が何年フワフワしてたか分かってんの? ――あァもういいからこういう遣り取り。無駄。……いい? 冷静に考えたつもりでしょうが、もう一度落ち着いて考えてみなさいよ。何になるのよ? こんな事して。一人であの赤猫に向かった所で、結末なんて透けて見える。あんたもう、鬼討なんでしょ? 赤猫じゃなくて、人間でもないけれど、でもそう生きるって決めたんでしょう? だから、あの赤猫とは歩けないって。じゃあ何も喧嘩しなくたって、そう決めたんだって説得すればいいじゃない。それでも駄目なら追い払うとか、確かに鬼討としての対処しかなくなるけれど」

「お前は何も分かってない」


 一応最後までは聞いてから、でも遮るように一番合戦は言った。


「赤猫が鬼討になるなど、同族が聞けば誰しも正気で無いと言うだろうさ。銀だってそうだ……。昨日、本当に久し振りに会った時から、言いはしなかったがかんかんに怒ってるよ。何で自分達を化け物にしたような奴らの、味方に付くような事をするんだって。……鬼討とは、あくまで中立な立場である役目だが、人間の為に百鬼を追い出しても、百鬼の為に、人間を追い出したりはしない。それは何故か。人間が生んだものだからだ。自分達が暮らしやすいように作られた仕事で、結局は同じなんだよ。結局鬼討とは、人間を優先し、人間の為にある役目なんだ」

「…………」


 ――私の役目は、鬼討とは、百鬼を斬り人々を守る者だ。例えどんな苦境でも、この魂は渡さない。


 去年、九鬼君と豊住の前で、こいつはこんな風に言ったらしい。

 確かにそうだ。みそぎという儀式で身を清め、盛り塩を置いて結界を張り、自分達から百鬼を遠ざけはしても、百鬼の為に自分達がその場を去ろうという意識は無い。

 どう接触しないようやり過ごすか、もし襲われても、どう追い払えばいいか。そうして視点で生み出されたすべばかりが発達し、今や素人でも、塩には魔除けの効果があると知られている。何故、百鬼という存在があるのかは、大して知りもしないまま。

 確かに豆腐小僧だ、河童みたいに、別にこれと言って恨み辛みで生まれた訳でも無く、動植物のように気付いたら存在している百鬼もいる。でも、そうして敬遠されたがる方の百鬼は、化けて出てしまうような目を、人に遭わされたから寄って来るんだ。

 怪談だって、そうじゃない。ただの恐ろしい話として、怪物扱いされて終わるのが殆どだけれど、そもそも百鬼って、可哀相な奴らなのよ? 幽霊だってそう。気の毒な死に方をしてしまって、死んでも死に切れないような思いをしてしまって、やり切れなくて現れる。気持ちの整理がつかなくて、誰かにこの思いを分かって欲しくて。でなきゃわざわざ、怖がられるって分かってるのに出ないわよ。どう見ても逃げ出されるような格好してるって分かってるのに、どうして出るのか考えた事がある?

 当たり前みたいにそこを飛び越えて、怪物として彼らを捉えてしまうその思考は、ええ確かに、あんたの言う通りよ。一番合戦。


 あたし達人間とは、ものの筋を見失うのが、本当に好き。


 知恵はあるくせに、知恵ぐらいしか無いくせに、見たいようにしか、捉えない。

 弱さや怠けに負けて、簡単に事実を捻じ曲げる。


「それに私は、銀を裏切った」


 どうしようもないと言いたげに、一番合戦は言った。


「あの時でもう、鬼討になろうがならまいが、許される訳が無いんだ。許されたいとも思ってない……。 相応の事をしたし、それで憎まれても、仕方無いんだよ。言い訳出来るような立場じゃない」

「それは言い訳なんかじゃない。ちゃんと筋の通った、真っ当な理由よ。巻き込みたくなかったから嘘ついたんでしょう?」

「巻き込むも何も、そもそもあの大火自体が間違いだったんだ。その嘘をつく理由も、私の我が儘に過ぎない」

「……あんな酷い目に遭わされたら誰だって自棄やけになりたくもなるでしょうが。んないつだって冷静でいられる程出来た奴、いやしないわよ」

「あいつが私をどう思ってるのか気付いてたのにか? お前が九鬼を、そう思ってるみたいに」


 つい黙ってしまった。

 話が急に、そういう方へ転がったのもあるけれど。


「……あいつなあ、私と話すと、いつも目を輝かせるんだよ。子供みたいに」



 一番合戦は続けた。


 自分で自分の傷を、抉っているような顔で。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る