その座はあんた一人じゃない。


 ほむら穂先ほさきに、思わず下げられた一番合戦へ踏み込みながら、頭上へ構えた剣を振り下ろす。

 刀身が纏う火が尾を引く様は、赤い蛍か人魂ひとだまのよう。その燃える軌跡を描き、一番合戦へ強く放つ。


 殺し合いをしに来た訳では無いが、半端な攻撃じゃ通用しない。反撃出来ないタイミングに追い込めば寸止めして、降参させればいい話だ。

 本気でなければ、この剣豪兼大妖怪は止められない。


 一番合戦は弾かれたように下げられた右足を軸に、左半身を後ろへ下げると剣をなす。

 矢張りこの程度では決まらないか。

 砂を焼く炎の中、あたしは一番合戦へ横目を向ける。


 左半身を一番合戦へ向ける事になり、今度はあたしが無防備となった。

 頭上へ返されていた剣を構え直した一番合戦は、真っ直ぐそれをあたしへ振り下ろす。

 あたしはすぐに向き直ると、ほむら穂先ほさきで受け止めた。

 再び焚虎たけとらが爆ぜ、夜が明るくなる。


「ぐッ……!」


 焔ノ穂先が着火を終えているから、焚虎の爆発を抑える火力が無い上に、こいつセーブしてた焚虎の爆発力を上げて来やがった。性格悪い。

 まァあんたの刀がその程度だなんて、思ってる訳無いけれど!? 


 一番合戦の右膝に、横から蹴りを放つ。

 関節を狙われた一番合戦は、呆気無く姿勢を崩した。


「――ッお前!」


 怒りと痛みで、顔を歪める一番合戦。


「剣道やってる訳じゃないのよ!」


 あたしは吠えると引き戻した左足を曲げ、続けて膝蹴りを放った。膝は吸い寄せられるように、一番合戦の左の腰骨こしぼねを打つ。

 姿勢が崩れた事により、互いの剣が離れた。


 上前腸骨棘じょうぜんちょうこくきょく、だっけ? あのベルトを引っ掛ける、腰の両脇で出っ張った、所謂いわゆる腰骨の正式名。そこを膝のど真ん中で狙ってやったから、痛くない訳が無い。同じほんの僅かな隙でも、この瞬間は大きい。


 今一番合戦は二度の蹴りを受け、あたしの右側に回り込むように立たされている。

 互いの刃が接触する程の至近距離だったのだ。剣を振るえるような間合いは無い。


 なら、距離を取る為一旦下がる? 馬鹿馬鹿しい。距離を詰められた時点で、刀はただのお荷物よ。下手に時間を与えて、反撃の隙を与えてやる筋も無い。


 一番合戦がよろめいた隙に体勢を整えたあたしは、奴の正面に向き直る。今度は着地した左足で身体を支え、引いていた右足を放った。


 この為のローファーよ。


 ただでさえ硬い靴に覆われた爪先が、刃物のように一番合戦の腹に突き刺さる。


 一番合戦の息が止まった。

 吹き飛ばされて、間合いが広がる。


 決められるか。

 決定打になり得る一撃を放とうとするも、急に身体が前へ引っ張られた。


 一番合戦だ。こいつ、あたしが右足を振るうのを察知して、それより僅かに早く伸ばした左手で、あたしの胸倉を掴んでいる。距離を取れる筈が、共に引き倒された。一番合戦は砂に倒れるとあたしの腹を蹴り、頭の先へと投げ飛ばす。


 起き上がるのは同時。いや、あたしの方がやや早い。ローファーの蹴りが効いてる。まだ片膝を着いた状態で向き直って来る一番合戦に、飛び掛かった。


 が、目の前が真っ赤に燃え上がる。


 立ち上がる暇は無いと判断した一番合戦が、焚虎を砂に触れさせたのだろう。目隠し兼壁となった炎に、あたしは一瞬足を止めてしまう。


 苛立ちに心が尖る。

 このロスで一番合戦のハンデが消えた。


 炎の先から、立ち上がっていた一番合戦の突きが飛ぶ。

 その威力を物語るように上がったばかりの火の壁が、穴を開けられるように飛び散った。


「――ッ!」


 虚を突かれるような攻撃に、横へ往なすもつい下がり気味に動いてしまう。


 壁でその全ては見えなかった一番合戦が、その姿を露わにしながら、あたしの真横まで踏み込んだ。くうを貫いた焚虎は、右手のみで握られた片手持ち。


 ――今の突きはフェイントか!


 何が狙いか分かった瞬間、ひやっと額の温度が下がる。


 剣は、間合いが無いと意味が無い。


 深く踏み込んだ一番合戦は、固く握った左拳を、あたしの腹へ打ち込んだ。


「うッ……!?」


 受け身を取ろうとするが、足場が無い。

 そう違和感を覚えるのと、着水は同時だった。


 海だ。


 そこまで深くはない。精々膝から下が、半分は浸かる程度。

 一番合戦に投げ飛ばされて、位置が入れ替わったのを忘れていた。

 

 つめったいわねあの野郎。

 腹が立って跳ね返るように起き上がると、すぐに立って陸を睨む。


 案の定こちらを見て・・・・・・・・・じっと立っている・・・・・・・・一番合戦が目に飛び込んだ・・・・・・・・・・・・。今の隙を使えさえすれば、勝負はついていたのにと言うように、歯痒そうな顔をして。


 波打ち際に近付くのも嫌そうに、濡れた砂にすら一歩も近付こうとしない。


 読み通りだ。

 あたしは思わず、にやりと笑う。


「ハッ――。水が怖いんでしょう? 猫だけに」

「…………」


 一番合戦は、不快そうに口を結んだ。


 あたしは水蒸気を上げて煩いので、海に触れさせないよう剣を収める。辺りはまた、真っ暗になった。

 今の落下で失くしていないかと、スカートのポケットに入れっ放しの、許可証兼、常時帯刀許可証を探しながら続ける。


「冗談よ。まあでも猫って生態的に、水は好まないんだっけ。平気な奴もいるけれど、平気なだけで好きでは無いとか。まあ人として生活して長いあんたなら、お風呂とかで慣れてるだろうけれど。お湯になら」


 あった。

 サイレンサーが付いてない方は豊住にあげた、USAドッグタグ。


 落とすと困るが、引っ張られて隙を作るきっかけになるのも勘弁なので、首にはかけるも、ブラウスの内側にしまいながら続ける。


「百鬼にとって、基本的に水とは毒よ。水生の百鬼なら例外だけれど、みそぎという言葉があるように、水には罪や汚れを洗い清める、浄化の意味がある。人間は古来からそうやって、儀式の前には沐浴もくよくして来た。よくないものとされる百鬼にとっては、ありがたくない行為だけれどね。坊主にお経読まれるのとおんなじで、水ぶっかけられるなんて苦痛以外の何物でも無い。元は川や湖から引いた水でも、熱を加えるなどの人の手を足してしまえば、浄化の力は消えてしまうから何ともなくなるけれど。お茶にしてしまえば水分も摂れるし、お湯にしてしまえばお風呂にも入れる。……その水で心身を洗い清める儀式、みそぎの最も強力な形は、ここ。海で行う、浜降はまおりよ。なんたって浄化の力を持つ水に、厄除けと魔除けの意味を持つ、塩を足された海水なんだから」



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