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普通、平凡、立ち入り禁止。


 

        □



「ハッ! あんたから抜いてくるとはねえ! 上等じゃない!」


 かなり意外だったけれど、普通にラッキー。

 どうせ帰れとかそんな事に意味は無いとか、剣を抜かない方に持って行くだろうとか思ってたけれど。


 二三時三〇分。開戦の時刻だ。

 今がその時であると、鞘を左手で掴む際、腕時計で時間は確認している。

 まあそんな事、もうどうでもいいけどね!


 すっ飛んで行く時間に、振り向きもせず駆け出した。

 剣が抜けてしまわないよう、鞘とつばの辺りを握った左手を残し、柄から離れた右手がくうを掻く。


 抜刀した一番合戦は、左手を鞘にやったまま、右手の剣を脇へ垂らしていた。

 切っ先は月と砂を照り返し、黒光りしている。

 動く気配は無く、距離を詰める私を見据えていた。


 迎撃しようというつもりか。

 いいじゃない。


 あたしも迎え撃つより、仕掛ける戦いの方が得意よ!


 砂を蹴り飛ばすように、一番合戦の懐に飛び込む。

 一番合戦は、あたしが射程圏内に入って来るのを機械のように反応すると、右の剣を振り上げた。

 月を照り返した白刃は、その輝きを引きながら砂を斬る。


 一番合戦が剣を上げると同時に跳んだあたしは、空中前転で奴の頭上を越え、背後に着地した。

 奴の剣が、砂と接触した瞬間炎を上げる。


 焚虎たけとらだっけ。こいつの刀。


 ものが触れると爆ぜる剣。その燃え盛る火の勢いが、猛虎のようだから焚虎たけとら。話は九鬼君と豊住から聞いてるし、常時帯刀許可審査の時話した際、本人から軽く聞いてるけれど、要は、爆弾みたいな剣と思えばいいのかしら。今の火力は、大分セーブしてたけれど。

 頭の端で思い出しつつ、着地と同時に抜刀したあたしは、振り向きざまに剣をぐ。

 が、金属音と炎に遮られた。


「――っとぉ!?」


 吹き飛ばされたあたしは、受け身を取ると膝を着き、一番合戦に向き直る。

 昼間に買っておいたスパッツ穿いといてマジでよかった。機動力の面は勿論、今頃下着が、砂でとんでもない事になっている。


 流れていく火と煙の中から、こちらに背を向けたまま、左手で剣を持つ一番合戦が現れた。

 こちらにを向けた焚虎の切っ先は、地面を向いている。一番合戦は背を向けているけれど、顔はしっかりとあたしを向いていた。


 ……あたしが振り向き様に放った剣を、左に持ち替えた焚虎で防いだのか。

 今の金属音と爆発は、互いのが接触したのと、焚虎の力が働いたからだと気付く。

 無駄の無い動きだと思った。


 ……普通突っ込んで来たと思ったら頭上を越えて来るなんて動き、驚いて、大なり小なり隙を作ると思ったんだけれど。


 まあ当たり前か。常時帯刀者なんだから。


 普通程度じゃ今の遣り取りで、あたしが勝って終わってる・・・・・・・・・・・・


 横から一閃。


 右足を軸に立ち上がろうとしていたあたしは、左足を下げて身を引いた。


 距離を詰めて来ていた一番合戦の剣が、あたしの鼻先数ミリを抜けて行く。断たれたくうが風となり、音を纏って過ぎ去った。

 まだ鞘を掴んでいた一番合戦の左手が、振り切ったばかりの剣の柄に添えられる。両手で握られた剣はもうすぐに、追撃を落とそうと頭上高くへ上げられた。


 あたしも、両手で握り直した剣を構える。

 仕掛けた初撃をなされた瞬間、僅かに不快げに顔をしかめた一番合戦が脳裏に残った。「失敗した」と。


 一見、あたしの立ち上がりを後退に制限してみた今の薙ぎは、一番合戦が有利に立った、「成功」と見えるかもしれない。まあ普通は思うだろう。現にあたしは放たれようとしている二撃目に、受け止めるという防御を取ろうとしている。回避からの守り。圧しているのは一番合戦の方だと、まあ思う。

 でも一番合戦の狙いは、単にあたしを防戦へ回すのでなく、体勢を大きく・・・崩させる事だった。剣を使う余裕も無い程の、回避からの回避。両手で焚虎を握り直したのは、止むを得ずの妥協案だ。

 何故そんな事分かるって? あたしが焚虎を知っているように、あいつもあたしの剣を、身を以て知っているからよ。もうすぐ三年前になる、常時帯刀許可審査日に。

 そのタイミングをやり過ごす前に、直接刃を交えるのは避けたかった筈だから。


 抜刀からジャスト三秒。丁度一番合戦の剣を受け止めると同時に、まだ何の変哲も無い刀だった、あたしの相棒は変質する。


 『ほむら穂先ほさき』へ。


 黒い砂と空ので、赤い二つの火が爆ぜる。


 焚虎と、徐々に冷たい銀色から、熱い橙へと色を変えていたほむら穂先ほさきの刀身が、発火点を迎え火を噴いたのだ。

 一番合戦とあたしが両手で剣を握り直したのも、この爆発に備える為。片手で振るっていては、下手をすれば剣を手放される破目はめになる。


 一番合戦の焚虎がものに触れると爆ぜる剣なら、あたしのほむら穂先ほさきは、抜刀から三秒経てば、鞘に収めるまで燃え続ける。熱を帯び、鮮やかなオレンジとなった刀身を、噴き出した火が覆うように。


「ちっ……!」


 焔ノ穂先に焚虎を押し返され、一番合戦は頭上へ両腕を弾かれる。

 勿論目論見もくろみは外れようと、あたしの剣について無知では無い。その程度で、剣まで手放してしまう程やわではなかったし、大きく姿勢も崩していない。


 まァでも、残念だったわね。あたしもこのぐらいで、あんたの読み通りに動く程チャチじゃあないの。


 あたしもあんたと同じ、常時帯刀者なんだから!



「――こっからでしょう!?」



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