三六〇年越しの戦いを




      □



「人間のお前達に、私達の気持ちは分からない。私はお前達の助けを必要としていないし、周りにどう思われようと、この人生をやっている本人として、この道が最も正しいと信じてる。人の生き方に、文句はおろか言葉を付けるな。それがどれだけ不快な事か、お前になら分かるだろう」

「まァね」


 苦々しくて、腹立たしくて、心から同意した。


「どいつもこいつも出放題でほうだいで、上滑うわすべりで、あたしの何を知っている訳でも無いのに、凄いだずるいだ飽きもせずに嫉妬と羨望を、一秒の隙も無く投げてくる。毎日毎日吐きそうよ。馬鹿なら馬鹿で馬鹿ってさんざ罵られるんでしょうけれど、天才なら天才で結局外野がウザいじゃない。どっちの声の方が大きいかと問われれば、そりゃ存在感のある天才の方だし。いやつか、あんたらが言ってる天才って何? わらっちゃうんだけれど。あたしはあたしよ。自分が天才なのかなんて、考えた事も無い。ただ自分で掲げた目標に、全てを懸けて走って来た。ただそれだけで、生まれ持ったセンスだ何たらだけで、出来上がってるような安物扱いされるなんて冗談じゃないわ。妬み嫉みは燃料としてありがたく受け取っておいてあげるけれど、本当は羨望だって必要無い。憧れているだけの奴の言葉なんて、要らないわ。その中身が何であれ、人の声なんてどうでもいい。集中を削がれるだけだもの。出放題で喧嘩売って来るんなら、こっちはやりたい放題で生きるだけ。……でも人生やってると気付いたら、誰かの為に生きてる時ってあるでしょう? 友達の代わりにノート取ってあげたりとか、遅刻してくる相手を待っててやるとか。それと同じよ。九鬼君やあたしが、あんたの邪魔をしようとするのは。あんたがいつか、人間の為に夜道を歩いたように、あたし達もあんた達がほっとけない。関係が無い? 知ってるし、どうでだっていいわそんな事。誰かが誰かを思う事に資格なんて必要無いし、文句を言われる筋も無い。誰かがあんたを大事に思う事を、あんたが勝手に否定するな!」

「思う事だけなら結構さ」


 一番合戦は、吐き捨てるように冷めて言う。


「知った事では無いからな。どう生きようかと決める時、周りや誰かの言葉なんて。結局最後は、懊悩おうのうの果てに自分で決める。その選択に是非を付けられるのは、自分しかいないから。でもお前達は違う。出まかせばかり並べて周りで騒ぐ名乗りもしない連中みたいにぎゃいぎゃい言っておけばいいものを、図々しくもこちら側に入って来てる。悩み抜いて決めた、人の人生と選択に。……弁えろよ外野。お前達は、私じゃない」

「ハッ」


 あたしは今度こそ、心から嗤った。


「知ってるわよ、そんなもん」



       ■



「そうさ。化け物になったって、僕は人間だよ。自分で決めた事なんだ、どっちもやめるつもりなんて微塵も無い。だから、人間でもある犬野郎として、元鬼討として、一番合戦さんと共に戦うと誓った相棒として、この三六〇年にけじめを付ける。君と一番合戦さんをもう二度と、れ違わせたりなんかしない」

「ハッ」


 銀は、頭を横に傾けて嗤う。

 その背中からゆらゆらと、陽炎かげろうのように怒りが滲んだ。


「何だぁてめえ? 犬の分際で、白の相棒を語ろうってか。中途半端な出来損ないの分際で……。天下の赤猫に、喧嘩を売ろうってのかい」



       □



「そもそもあんたの正体なんてどうでもいいんだけれど? 九鬼君の事もね。何があろうとあんたはあんたで、あたしはあたし。あんたが赤猫? あの明暦の大火を起こし、火を司る百鬼では間違い無く最強の大妖怪? 上等じゃない。敵ってのは強い程面白い。あたしは、おのが誇りの為、自らの誓いを果たす為、一番合戦かがりという、鬼才の鬼討を超えてみせる。あたしが求めるものは、あんたからもぎ取る勝利。最初からその一つで、ただそれだけよ。こんないい舞台、見過ごす訳が無いじゃない。勝負とは、譲れないものがある程面白い。……弁えない馬鹿がズカズカ上がり込んで来て、引く気も無いって言うんなら――。始末を付ける術は、一つでしょう?」


 笑みが止まらなかった。不謹慎とは分かっているけれど。

 これが、どれ程意味のある戦いか。しっかり考えたから、少しは分かっているつもり。

 それでも、どきどきが止まらない。


 戦えるのよ? 一番合戦かがりと。


 勝ち負けじゃなくて、別の目的があるとは分かっているけれど、でもそれでも。


 思わぬ形でこんな最高な舞台も用意されて、燃えない奴がこの世にいる?


 あたしは真っ直ぐにあいつを見据えたまま、剣に手をかける。


「あたし達はこの選択がベストだと思ってる。あんたもこれが、本当に譲れない道だと言うのなら、全てを以て、それを証明してみせなさい。その人生に値段を付けられるのは、自分自身なんだから」

「……分からないさ。そんなもの」


 一番合戦も、腕を解きながら言った。


「どう生きるべきだったのかなんて。そんなの、今でも分からないままだけれど……。――ここでお前如きに、時間を取られる訳にはいかないな」


 月を照り返したあいつの剣が、銀色に光って闇に浮く。

 ゆっくりと鞘から放たれていくその様で、空気が加速度的に張り詰める。



       ■



 二三時三〇分。

 一番合戦さんと銀が、待ち合わせに決めていた時刻であり、僕達の作戦の開始時刻だ。きっと今がそうだろう。


 でももう、時間を確かめる暇は無い。

 そもそもこの戦いに、合図や期限は要らないのだ。


 全ては既に、三六〇年前、あの冬の日に、始まっている。


 足を軽く開いた。

 張り詰めていく空気に、押し潰されそうになる。


「……望まれてなんかなくたって、僕は一番合戦さんを守るよ。一緒に背負うって、あの日に誓ったんだ」

「俺との約束が先だ馬鹿野郎」


 吐き捨てる銀は、両手をズボンのポケットから抜いた。


「俺はあいつと、二度と奪われねえように、てめえらみてえなクソ共から逃げるんだ。てめえみてえな生意気なガキに関わって……。二度とあいつが苦しまねえようになあ!」


 突然銀の右手が発火したと思うと、その赤は尾を引き、宙を舞う。

 銀は頭上高くに跳ぶと、それを僕の脳天めがけ振り上げた。


 勝たなくていい。戦意を削げ。説得するかバテさせろ。


 時間稼ぎは上手くやるから、そっちは任せたよ。赤嶺さん。


 僕はこの作戦の要である赤嶺さんに全てを託すよう、噛ませ犬として遠慮無く、迎え撃とうと踏み出した。

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