赤・白・黒・銀



       □



塗壁ぬりかべ、見てないか」


 急に切り出して来た一番合戦に、あたしは思わず、露骨に怪訝な顔をした。


「はぁ?」

「……そんな返事をするような奴には近付いてないだろうな。小心者だし」

「ちょっとそれどういう意味よ」


 腕組んで溜め息までついてきやがった。


「何でも無いよ。もし見かけても、斬りかかったりするんじゃないぞ」

「何それ? 塗壁なんて無害な百鬼、斬る奴の神経がおかしいでしょ。あんなのただの、寂しがり屋みたいなもんなんだから」

「刀を振り回すのが趣味みたいな奴に言われてもな」

「誰かしらねーそのやばい奴。あたしだって言うんならぶった斬るけれど」

「そこを言ってるんだよ」

「あ」


 自爆。


「……その短気な所と、手の早い所だ。お前は本当に落ち着きが足りな」

「煩いわね」

「…………」


 食い気味になったのはわざとじゃなくて、の速度で返したらそんな感じになってしまった。


 やや申し訳無いと思う。


「……まあ知らないならいいが。さっきばったり会って話したら、困らせてしまって……。謝りたいんだが。――ったく九鬼と離れたからだな。折角心配かけまいと全部黙ってたのに……!」

「? 何ブツブツ言ってんの?」


 イライラと頭まで掻いちゃって。

 独り言が多い奴では無かった印象だけれど。


「何でも無いよ。……もういいだろう? 帰るぞ」

「分かり切った事は言わせるなと言ったでしょ。一番合戦」


 それとも暗に、自分は絶対にこの信念を曲げないという意思表示だろうか。


 回りくどい。


 あたしはそれでもまだ、冷静に返した。


 

      ■



「どうやってここに俺が……。いや、俺達が来ると分かった」


 凄むお兄さんに、僕は不敵な笑みで答える。


「……言えない約束なんだよ。リハビリ中だからね」



       □



「あんたはもう自由に動けない。忘れた訳じゃないでしょう? あのメールで飛んで来たという事は、奴が死んだと言い切れない事を」



       ■



「言ってろ。しろはどこだ。てめえになんざ用は無え」

「ちょっと野暮用でね。どうせ遅刻して来た所で、君に返す言葉は決まってると思うけれど」



       □



「あんたの覚悟を否定するつもりは無いわ。ただ、やり方が悪い。だからあたしはここにいる。また一人で何でもやろうって言うんなら、何度でも同じ手で引っ掛けるわよ」


 徐々に怒りを露わにし始めた、一番合戦の声が低く尖った。


「……九鬼はどこだ。あいつこそが、この馬鹿げた真似の発案者だろう」



       ■



「……まさかしろが、てめえを差し向けたんじゃねえだろうな? 俺をここから追い出そうと」

「無いね。一番合戦さんはそういう手、多分一番嫌うと思うから。まあ一番合戦さんに会いたいなら――」



       □



「あたしを倒すか、一人で無茶をしないと誓う事ね」


 足を肩幅ぐらいまで開く。


「九鬼君はあんたの代わりに、あの銀って赤猫に会いに行ったわ。一応説得するつもりだけれど、まあ無駄でしょうから衝突するだろうけどね」

「……お前はそんな無茶を承知で、あいつに九鬼を会わせに行ったのか」

「ハッ。人の事言えないんじゃない? 黙って何でも一人で片付けようとして。カッコいいと思ってんなら大間違いなんだけれど」

「……何なんだお前らは……」


 怒りと、苦しみだろうか。

 一番合戦の顔が歪んだ。


「どうしてお前達は、お前ら人間は――」



       ■



「俺達の邪魔をしやがるんだよ?」


 妙に冷めた調子で、銀は問う。


「頼んでねえんだよんな事は。そもそも俺達が、いつお前らの邪魔をした? 邪魔をしてくるのはいつもお前らだ。お前らが弁えりゃ俺も白もただの猫で、とっくに平凡に死ねたんだよ。 こんなグダグダ考えながら、長々生きる破目はめにもならずに済んだんだ。厄介だから追い出す……? 鬼討に頼んで、殺して貰おうだ……? 寝惚ねぼけた事言ってんじゃねえ。償いが何ら足りてねえからだろうが。だからこうやって化けて出てんだろうが。てめえらはねずみより頭が足りねえんだな……。――自分達がやった事を奇麗に忘れて、過ぎた事だだ、俺がやった訳じゃねえんだだうるせえんだよ!」

「だからって仕返ししちゃあ、その能無し共と同じになる」


 僕は静かに、でも強くそう言った。


「報復とは、自分しか見えてない奴がする事だ。こんな目に遭わされた、こんな苦痛を与えられた。不愉快だから、やり返そう。気に入らないから復讐しよう。そんなの、人間と変わらない」

他人事ひとごとみてえに言ってんじゃねえぞ。半端野郎」


 銀は吐き捨てる。


「犬野郎になろうが、てめえも立派な人間だ」


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