例え歪であろうとも
「高校に入学してから、ずっと一番合戦さんと一緒だって去年言ってた。じゃあどこかで、気付いてたんじゃないの? 一番合戦さんが人じゃないって。主を不要とするまで力を蓄える程の長きを生きた君が、本当にさっきまで気付いてなかったなんて事がある? ずっと一緒にいて、隙を突こうと窺ってたんでしょ?」
豊住さんは答えない。
そうだとしても、構わない。
「――いや、君は、知ってた筈だ」
僕は豊住さんから、目を離さないで続ける。
妹さんに攻撃される心配は無い。だって赤嶺さんが僕を見守りながら、彼女を牽制し続けてくれているから。
「だから殺せなかったんじゃないの。僕がやって来るまで。明暦の大火に関わっていた事を知っていたかは
「……百鬼と人とは友達にはなれないし、私とあの人も友達なんかじゃないよ」
全く相変わらず、とんでもない圧を持った言葉を放つ。
「でも僕にはそう見えた」
何か一つでも間違えれば、
「当事者である君達なら――いや、君ならそう言うさ。冗談じゃないって。そんな簡単で、拗れてなくて、安っぽい言葉を当てられるなんて冗談じゃないって。一番合戦さんに尋ねても、君に気を遣ってそんな風に言うかもしれない。確かにそんな勝手な事、口が裂けても言えないなって。……でも一番合戦さん、君を大事に思ってたよ」
「根拠の無い話だね」
「確かに一番合戦さんが、直接そういう事を口にした事は無いけどね。でも見れば分かるよ。分かりやすい人なんだから」
「私が死んだ事になって退場してから、あの人がそんな素振りを見せていた事なんて一度も無いわ」
「君がこの町を監視するようになったのは、僕に負けてから
「……何が言いたいの?」
無に固まっていた豊住さんの表情が、初めて怪訝そうに色付いた。
「君がいなくなった次の日から
豊住さんは、また無表情になった。
動揺は何らしていないように見えるけれど、でもそれまでの、重苦しくのしかかって来るような
何かを堪えているような、覚られまいと虚勢を張っているような。
怒りとは異なる感情を気取られまいと、必死に強張った表情を貼り付けているように。
不愉快で堪らないのだろう。こんな子供に見抜かれたのが。
――そんなぼーっとしてちゃあ、一番合戦さんが泣いちゃうよ。「折角頑張って気を遣ったのにこのすかたんは全く……」って。
――その負い目は、あなたが抱えてるような
さっき公園で僕を叱った時から、誰が見ても分かっていた。君が僕に怒っている本当の理由は、一番合戦さんの為だって。どうしてあんなにも思われているのに、お前はそんなにも視野が狭く、自分の事しか見えないのかと。
きっと違うだろう。全くに。でもそれは第三者から見れば、確かに友達だったさ。一番合戦さんは君の事、一度も『人狐』って呼ばなかったんだから。
久々に屋上で君の名前を出した時も、ちゃんと『豊住』って呼んでたでしょ?
君が今もそうやって、一番合戦さんを思いやっているように。
「……本当は一番合戦さんと話したい事、いっぱいあるんでしょ?」
僕はいつの間にか、懇願になっていた。
だって、こんなに寂しい事は無い。
「話したい事があるなら、出ておいでよ。今ならもう、騙し合ったり嘘つかなくていいんだから。意地張ったり、後回しにしてたら、取り返しのつかない事になるかもしれないんだよ。僕と先輩みたいに。きっと間に合う時は、今なんだ」
「……お姉様耳を貸してはなりません」
「今更誓いを破る事はしないわ。赤嶺を嘗めないで。この件の事は、何があっても誰にも言わない」
焦りを滲ませ低い声で言う妹さんに、赤嶺さんが即答した。
赤嶺さんはそのまま、豊住さんを見るように視線を動かす。
「……豊住って、あんたがあの、炎刀殺しの大狐ね? 手伝って貰えるなら、これ程心強い事は無いわ。
赤嶺さんは剣を収め、ベンチから立ち上がった。
「防火壁、だっけ? 手伝って。あいつを止めたいの。その為ならあたし個人の名声なんて、笑って捨てるわ。あんたを倒して手に入れるものより、大事なものがこの夜にあるもの」
神刀は立ち上がる際、ベンチに立てかけていた。
赤嶺さんは豊住さんに振り向きながらそう言うと、スカートのポケットに手を入れ、何かを引っ張り出してみせる。
黒犬を下げるように前に出て、豊住さんと向かい合うと、ちゃりんと金属的な音が鳴った。
現れたのは、一枚は縁を黒いゴムで覆われたドッグタグ。
「これ、
赤嶺さんは言いながら、ゴムが付いていない方のプレートを、チェーンから外した。
「あげるわ」
それを、豊住さんに差し出す。
「もしこの先、理不尽な理由で鬼討に追われたら、これをそいつに見せなさい。あんたを攻撃するって事は赤嶺組、それも、長である赤嶺家の娘、かの天才常時帯刀者、赤嶺
豊住さんは喋らない。
僕に切り出された時のような、強張った様子は既に無く、余裕……と言うべきなのだろうか。得体の知れない落ち着きを纏い、赤嶺さんを、彼女がドッグタグを差し出してからは、それをじっと見つめている。
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