32
見えない火花
僕が元枝野組の鬼討で、追放された事。この町で出会った一番合戦さんと、豊住さんとの戦い、ブラックドッグを
そして一番合戦さんの正体と、あの銀って言う、赤猫のお兄さんの事。
こんな話を赤嶺さんは、本当に黙って聞いてくれた。
同情も、叱責すらも無く。
「……了解。そういう事ね」
ゆったり目に一人分の空間を置いて隣に掛ける僕に、赤嶺さんは呟いた。
前傾姿勢になっていて、膝の上で頬杖をついている。
伸ばした足は、足首の上で組んでいた。
「赤猫。赤猫ねえ。そっか……。あいつが」
赤嶺さんは言いながら、頬杖をついていない手に握っていた、ココアシガレットの封を開ける。
「花ちゃんがそう言ったんなら、疑う余地も無いものね。まあ本人も赤猫だって言ったみたいだけれど。馬鹿な事しちゃって……」
「……それで、ここからが本題なんだけれど」
僕は赤嶺さんが差し出して来たココアシガレットを、一本頂きながら口を開く。
「一番合戦さんが、銀って人と接触しないようにするのを手伝って欲しいんだ」
「いいわよ。喜んで。頼まれなくても、こっちから頼もうと思ってた」
赤嶺さんはあっさり応じると、銜えたココアシガレットをポキッと折った。
読めていた事ではある。赤嶺さんは昨日、あのお兄さんと接触した時から、この件の対応について積極的な姿勢を取ってはいたので。
引き受けてくれるだろうとは思っていたが、確認を取った。
「……いいの? 本当に危ないけれど」
「意地悪いのね九鬼君って」
赤嶺さんはさっぱりと、でもどこか含みのある感じで笑う。
「いい話じゃない。恩義の為に走るだなんて。あいつ……一番合戦は、ちょっと悲しいけれど、でもそれでも、誰かの為にって。
「お父さんが?」
「現赤嶺組当主よ。親の言う事は聞きなさいってね」
赤嶺さんは笑うと、残っていたココアシガレットを口に入れた。
「こんなの鬼討って時点で、参加決定みたいなもんじゃない。この町で鬼討はあいつだけ。でもその役目を放棄するような行為に出ようとしてる。……まあ被害が出ないようには考えてるだろうから完全にでは無いけれど、結果的にこの町から、鬼討が消えてしまう恐れは大いにあるわ。それは駄目よ。町の安全という面からも、あいつ自身に及ぶ危険の面から考えてもね。天下の赤猫なんでしょ? 何でもっとこう、頭使わないのか。まあ分からないって言えば嘘になるけれどー……。まァいいや細かい事は。
「あはは……。ありがとう」
そうなんだよな。
圧倒的な劣勢にも
「まっ、まあ、まあね! ――それより、具体的にはどうするの?」
赤嶺さんは照れたと思うと、難しい顔をして顎に手を当てた。
「あいつを説得させるのが一番いいと思うけれど、絶対抵抗されるだろうし、銀って奴と戦う恐れを考えても、町には必ず被害出るだろうし……」
「……その事、なんだけれど」
僕は慎重に切り出す。
「? うん」
赤嶺さんは頷いた。
「あるんだ。一番合戦さん達の火で、町が燃えないようにする方法。赤嶺さんも周りを気にしなくていいから、全力を振るえるなら、もしかしたらあの二人を止められるかもしれない」
店の前には、妙に幅の広い道が横たわって、閑静な住宅街の間を這っていた。
今僕達は、駄菓子屋の屋根の下に置かれた、ベンチに掛けている。四人掛けぐらいの、よくあるタイプの。
その両端を埋めるように間を空けて、僕と赤嶺さんは掛けていた。赤嶺さんの方の端には神刀が立てかけられ、僕の方の端には、豊住さんの妹さんが座っている。
本当は、何か目立たないものに変化するなり、影に潜んで隠れるつもりだったのだろう。でも僕が急に飛び出したものだからタイミングを失ってしまい、僕の隣で隠れるようにじっとしていた。
明らかに迷惑そうで、冷ややかな一瞥を投げられる。
赤嶺さんから貰って、まだ食べていなかったココアシガレットを、僕から奪い取ると口に放り込んだ。
見た目に騙されてはいけない。彼女はあの成り上がりの人狐、豊住志織の分身であり妹だ。僕の答え方次第では、暴れる隙を窺っている筈である。
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