駆けろ
このまま南に、だっけ。
冬に一番合戦さんと、豊住さんが殺し回っていた動物の片付けに町は歩き回っているから、大まかな地理なら覚えてる。
元々店が無い田舎だ。町の南端の駄菓子屋とまで絞られれば、そこまで厳密なナビを受けなくても問題無い。
徒歩での移動ならまだしも走って行けば、目を皿にして
「ちょっと、九鬼様!?」
離れた後ろの方から、彼女が慌てて追ってくる音がする。
それとほぼ同時に、右手の塀に放置されている自転車を見つけた。
通り過ぎそうになるのを慌てて急停止して、ハンドルを握るとスタンドを蹴り上げ、高さの合っていないサドルに
車体は錆び切っていた。
押し返して来るタイヤの力で、空気は殆ど抜けていると分かる。
そのまま地面を蹴るのと、彼女が追い付いたのは同時だった。
男子高校生が全力で漕ぐ自転車に並走するのは目立ち過ぎると判断したのだろう。
漕ぎ出していた自転車はパンク寸前のまま、路地の向こうへと飛び出した。
「――突然何なのですか!? 何か問題でも」
「方向、間違ってたら言って!」
遮るように叫ぶと、大通りに出る。
信号に引っ掛かる恐れがあったとしも、大きな道を使った方が距離が短い。
まあ今は守る気なんて、さらさら無いが。
歩道も車道も知らない。ただ障害となるものを躱し、一刻も早く辿り着く為にペダルを踏み抜く。
風を切る音、クラクション、散歩をしていたおじいさんの怒鳴り声、
いちいち風となって阻んで来る、空気すら鬱陶しい。
襲い掛かる全てを振り切って、加速し続けていた車体にブレーキをかける。
タイヤはとっくにパンクしていた。
余りの速度に後輪が浮いて、必死に後ろでしがみつき続けていた彼女の身体が、僕の背中にぶち当たる。
顔を強かに打ったらしく、「ぐえっ」と痛そうな声がした。
アスファルトに、真っ黒いタイヤ痕が焼け付く。
何だか久し振りに足を地面に着けような気になって、切れた緊張の糸に大きく息をした。風を感じなくなったのと同時に汗が噴き出して、誤魔化されていた日差しの熱を再び味わう。
「……九鬼君?」
目の前には、大通りを二本ぐらい外れた先にある駄菓子屋があって、その店先にあるベンチに掛けていた赤嶺さんは、びっくりして僕を見ていた。チキンラーメンみたいな、当たり付きの小さなカップに入ったスナック菓子の封を、開けようとしている所で固まっている。
よく食べたなああれ。味がちょっと塩辛くて、続けて何個も食べるのは辛かったけれど。
「学校は? あいつ……。一番合戦が、あるから午前中は頼むって」
僕は顔中を滑る汗も拭わず、小さく息を吐くと自転車を降りた。
「あぁ、まあそうなんだけれど……。ちょっと色々あって、それ所じゃなくなって」
――「何か問題でも」って? 大問題さ。
またいつかみたいに、気付かない内に守られて、見落としてしまう所だったんだから。
もう綺麗な言い回しなんかしない。格好を付けて、助けたいなんて言いもしない。ただ今度こそ、君の為に戦ってみせる。それを君が、望んでなどいなくても。
大股で踏み出して、真っ直ぐ赤嶺さんに近付くと、目を丸くしていた彼女の左手を取る。
「君に会いに来た」
「あ……って……」
ああ、本当は、人見知りだったんだっけ。
不思議そうな顔をしていた赤嶺さんは、引き攣った笑みを浮かべると真っ赤になってしまった。
「今は学校とかどうでもいい。サボったから気にしないで。時間無いし町の警戒ももういいから、君に話したい事があるんだ」
「いや、ちょっと
「昨日の夜現れた男の人と、一番合戦さんの事なんだ」
当たり付きのお菓子を持っている方の手を、よく分からないが忙しなく動かしながら喋っていた赤嶺さんは、その言葉に落ち着きを取り戻す。
いや、水を浴びせられたような気分になったと言うべきか。
表情と纏う雰囲気が、駄菓子屋のベンチに掛ける女子高生じゃなくて、炎刀型の名門かつ、史上最年少常時帯刀者、赤嶺
事の重大さを察知して、気を引き締めた赤嶺さんは僕を見る。
「……あいつらがどうしたの? ていうか、何で九鬼君がその話を? あいつあの後、結局あの男が何なのか、教えてくれないまま帰ったからさ」
やっぱり話してなかったか。
まあ言える訳無いもんな。火の専門家である赤嶺家に。
「その辺りも説明する。……結構複雑って言うか、びっくりする内容だと思うけれど、まずは聞いて欲しい」
「オーケー。黙って聞く。でも物分かり悪いからさ、結論から入ってくれない? 聞いてる内にこんがらがってくる事結構あるから」
そう不敵に笑う赤嶺さんは、最高に頼もしかった。
僕もその安心感に、にやりと笑ってしまうと息を吸う。
「僕は去年、一番合戦さんに、自分の罪を半分も押し付けるような事をしたんだ」
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