長い長い、一人語り。―― ⑥
使用人の男衆が飛び出しました。お隣が燃えていると、喧騒がこちらにも聞こえてきます。
男衆は大慌てで引き返し、こちらに事情を話してくれると、火消しが来るまで我々で何とかしますので、井戸の水を使わせて下さいと走って行きました。
周りの屋敷も気付いたようで、すぐに人が集まって来ました。火消しも駆け付けて来て下さり、皆で水を汲んでは……。幸いにも、火が燃え移る事は、ありませんでした。あの方々と屋敷だけが、すっかり焼け落ちてしまうだけで。
明け方……中を調べていた火消しが、猫がいると言いました。真っ黒になった、小さな猫の死骸があると。納屋の裏です。火はそこから起きたようで、辺りは最も黒くなっていました。
誰かが猫に、火を点けて投げ入れた。火はここから始まっている。ああ恐ろしい。なんという事を……。この猫はこの恨み辛み晴らそうと、死んで、火の猫となりやって来る。
この火事は放火だ。やくざ者はこうして、火を点けた猫を投げ入れて家を燃やす。その家の不始末に見せかけて。然しこの家の者は、一体何者であったのか……? ――兎に角、お上にお伝えしなければ。
私達屋敷の者は、心当たりがありました。鬼討という、あの武士殿です。あの方は何度も、お上に是正を訴えていた……。もしや、それを厄介に思ったお上が、やくざ者を雇って火を放ったのではないかと。何の罪も無い、猫を用いて……。でなければ他に、あの方々が、こんな目に遭う理由がありましょうか。
直に、残骸と化した屋敷とあの方々は、お役人様が片付けて行きました。それは手早く……。私達が妙な考えを持っていたから、そう見えたのでしょうか。まるで、何かを隠すように。以来この土地は、お上の管理になったようで、商人も手が着けられなくなっております。
私は、夢かと思いました。悪い夢だと……。固まってしまって、動けませんでした。あの夜、何も無いだろうと、猫の叫び声を軽んじてしまった己の罪に。ああ、私は、一体どれ程の事を……。
あの方々の親族について、何か知ってはおられませんか? 私は、どうしても謝りたく……。
私は、空になった地へ踏み出していた。
確かに立ち入りを禁ずると書かれた立て札が、まだ真新しい様子で突っ立っていた気がする。でもそんな事はどうでもよくて、何も無くなってしまった屋敷へ、確かに歩き出していたんだ。
ここに門があった。こっちの庭の池には何が泳いでいた。井戸はどれぐらいで、 隣に長い廊下があって、 すっからかんな部屋ばかりだったけれど、よく掃除されているのが分かって。
……あの塀を飛び越えて、初めて入り込んだんだ。一番大きな、寺みたいに広い庭があるあの場所に。それを臨める縁側で寝ていたあの男に見つかって、襟首を摘まれて。
――なあ見ろ! 初めてのお客さんだ!
今更何を言っていたか分かるようになって、私は化け物になり果てたのだと、赤猫という怪物になったのだと、思い知って膝を折る。いや、もう、それ所なんかじゃなかった。
私の所為だ。
何も出来ないくせに気を利かせて、余計な事をしようとするからだ。そんな事の所為で、私はあの人達を殺したのだ。
人なんて勝手だと、あれだけ思っておきながら。
空っぽになった真ん中で、私はめそめそと泣いていた。
当時はそれを涙と言うなんて、よく知りもしなかったけれど。猫は鳴いても、泣きはしない。
どれぐらい経ってからだろう。もう白んでいた空はしっかりと朝を迎えて、ほったらかしになっていたおじいさんの元へ引き返した。
……明日の日暮れまでに荷物を纏めて、この町を出て下さい。ご友人の方にも、そうお伝え願えますか。
急にそんな事を言い出す私に、悲しみに暮れていたおじいさんは、ぽかんとした。
何故、そんな事を……。
お願いします。私の家族にも、これから逃げるように話をしに行きます。ああ、信じて貰えるか分からないけれど、お客さんにも言わないと……。
待って下さい。何故そんな事を言うのですか? どこに行くのですか? あなたは一体、あの方々と……。
きっとおじいさんは、分かっていたと思う。でもこんな突飛な話、一体誰が信じよう。
火の猫。赤猫。そんな語られ方をしたら誰だって、猫の形をしてるって思うだろう? でも生憎我々には、定まった形は無い。死に際に人に焦がれたなら、人の姿を得ていても、不思議なんかじゃないだろう? だってその望みは、果たせなかったんだから。
一度引き止められたその足は、もう二度と止まらない。もう二度と、燃やされてなどなるものか。
私はおじいさんに答える。その悲しみと怒りを、精一杯の笑みで誤魔化して。
――
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