長い長い、一人語り。―― ⑤





 もう一月ひとつきも経ちましたが、誰も様子を見に来る方がいませんで……。不思議な方々とは思っておりましたが、矢張り身寄りが無かったのでしょうか……。




 おじいさんは、だだっ広い土と化した空き地を見る。

 老いてくぼんだ目は小さく、それでも悲しみを湛えていると、しっかり分かった。




 ……いえ。私はここの者では……。……ここは、何があったんですか?




 空き地を見ていたおじいさんは、こちらに向き直る。

 老いた身体の所為で、その動きは緩慢に見えた。いや、彼自身が、話すのを躊躇ったのかもしれない。




 おお、これはとんだ勘違いを。非礼をお許し下さい。ここは……一月程前、火事に見舞われまして。直に、結納でも交わすつもりだったのでしょうか。若い男女が、二人で暮らしておりました。それは仲睦まじく……。男のほうかたが、大金を叩いて買ったんだと、やってきたばかりの頃、得意げに話しておりました。今まで連れには心配ばかりをかけて来たから、まずは仕事を終えたら、ゆっくり暮らそうと。刀を提げていましたから、立派な身分の方なのだろうと思っておりました。侍ではないとも話しておりまして、不思議な方だと感じたのを覚えております。後からあの方を『鬼討』と知ったのは、一体何の因果だったのか……。


 ……おに……?




 聞き慣れない言葉だった。




 はい。聞く所によると、妖怪を退治する侍だそうです。この町にはおりませんが、外には沢山いらっしゃるそうで。この屋敷の主人である男のかたが、その鬼討だったそうです。確かにどこか、不思議な方ではありました。……あの方は、この町を憂いておりました。この町に現れる魑魅魍魎ちみもうりょうは、お上が退治してくれます。然しそのやり方は、本職である鬼討様方からは間違っているそうで……。あんなやり方ではいつか、彼らからの報いを受けてしまうと、たった一人、お上に何度も是正を訴えに……。




 どうしてか。言い知れぬ不安が、胸を蝕んでいくのを感じた。


 白く凍っては消えていく自分の息で、脈が上がっているのに気付く。それは悲しそうで苦しげなおじいさんの表情が、酷くなるのにつられるように。


 何かを知っている気が、分かってしまったような気がする。この曖昧な思考を明確にしてしまうのは、こんなに求めているのにいけないと。




 日に日に、あの方は帰りが遅くなっているようでした。うちの家内や使用人が、心配そうによく話しておりました……。ある日、この屋敷で火事が起きたのです。

寒い頃です……。

 あの方々の火の不始末という形で、事は収まりました。別段誰も、疑いはしません。確かに、この町で火事とは、悲しいですが身近なものでありますから。然し……。ああ、私は、知っておりました……。

 小便に目が覚めた、夜中の事です。塀の向こうから、おぞましい猫の鳴き声が聞こえてきました。まるで気が触れたような……。隣の、あの方々の屋敷の方からです。然し、夜中でしたから。そういう妙な事は、あっても不思議ではないでしょう? 殺しもあれば、盗みも起きます。それを為す輩も、待っていたとばかりに現れる……。

 それを思えば猫ぐらいと、高を括っておりました。いや、安心をしておりました。これでも裕福な身分です。賊に入られる事を思えば、猫ぐらいと……。家内や財産、使用人達を失う事と比べれば、猫をいじめて喜んでいるような輩、放っておけばよいと……。関わらずに、通り過ぎました。

 あの方々の屋敷がある方から聞こえたと言って、あの方々に危害が及んでいるとは、分からないではないかと……。きっと、そんな事は無い。そんな事をされるような方々でもないではないかと、私は己に言い聞かせ……。

 やがて、焼けた臭いが漂ってきました。煙に乗って……。ばちばちと、何かが燃えるような音と共に。まだ月は高くあるというのに、空はどこか、明るくなったように感じて。

 火事だ。用を済ませ、床に入っていた私は、恐ろしさに跳ね起きました。家内を起こし、住み込みで働いている使用人達に声を掛け、皆で火の出所を探し回ったのです。然し火は、こちらの屋敷からではありませんでした。


 隣です。あの若いお二人が、たった二人で、ぽつりと暮らしているあの屋敷からです。



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