27

被る猫


 人は脆い。奴らが作り上げた物もだ。一度火を点ければ何でも燃えて、灰となって消え失せる。


 私は猫の化け物。そう受け入れたら不思議と、五感が冴えていくのが分かった。あれだけ走り回っていたのに、大して疲れを感じていないのにも気付いた。心はくたくただけどな。

 でも、これからどうするかなんて、もう悩まなくたって出来る。


 まずは、あの男達について調べた。引き返せば朝からあの辺りは騒然としていて、狂った人殺しか、妖怪が出たと喚いていたよ。どうせ私が犯人だなんて誰も分かりはしない。見物人に混じって、奴らの臭いを覚えると、友人らしき奴らを片っ端から追った。あの屋敷の放火について、知っている事があれば全て話せと、脅した後にみんな殺した。


 何で何もしないで帰るんだ? 有り得ないだろ。


 死に際に本人が言っていたように、奴らはお上に、あの屋敷を燃やすよう雇われていたらしい。たんまり貰った小判には、箝口かんこう令の重みを半減させる力があったようだ。喋るなと役人には言われておきながら、それは得意げにぺらぺらと話したらしい。猫を殺すだけで、こんなに金が貰えるなんて幸せだと。あくまで屋敷を燃やしたのは私であって、自分達は私に火を点けて投げただけだと、本気で思っていたらしい。


 全員殺した。


 高火力で一思いに、全身丸々黒こげに。

 生焼けにしてやって、じりじりともがき苦しんでの衰弱死。

 頭を焼き飛ばして、助けを求められないよう喉を炙って、逃げられないよう焼け落ちた足から、骨を引っこ抜いた。


 全ての根元は、当時の政権江戸幕府。


 店に帰るとおじさんとおばさんは、寝ずに私を捜していた。

 どこに行っていたんだ。何をしていたんだ。心配した。知り合いにも手伝って貰ったが、全然見つからなかったから。

 無理も無いよな。人間の体力で移動出来る範囲を、軽々けいけいに飛び越えていたんだから。町の端から端まで、男達を調べようと歩き回っては殺し回り……。




 ――どうしてそんなに、辛そうな顔をしているんだい? あんた、目が腫れてるよ?


 この先で、人殺しがあったみたいなんです。町中で起きてて、皆落ち着きが無い。


 おお聞いたさ……! ここから近い所でもあったんだってよ! そりゃあ酷え死に方みてえで、この世のものとは思えねえそうだ……。あんまり不気味なもんだから暫く空けるって、荷物纏めて逃げてった奴もいるってよ。お前ももう、勝手にふらふらしちゃあ駄目だからな! ったくお上は何やってんだか……!


 あの、一旦逃げませんか。危ないから。


 逃げるってあんた、店が……。




 近くで悲鳴が上がる。こさえておいた死体が見つかったか。よく知りもしない、柄の悪そうな男を殺しておいた。

 騒ぎを聞いて、あっと言う間に集まっていく野次馬達。見に行かずともどのような惨状が広がっているのか、その悲鳴で丁寧に教えてくれる。

 真っ青になった二人は、私越しに、そっちの方を見つめていた。




 ……分かった。一旦離れよう。荷物纏めるから手伝ってくれ。


 お前さん……。


 仕方無えだろ死ぬよりましだ! お前も、付いてくるんだぞ!


 ……ごめんなさい。私は行けません。


 ああ!? 一体何言ってんでえ!?


 そうだよあんた! 馬鹿な事言わないでおくれ!


 家族が見つかったんです。だから、帰ろうかなと。




 二人は固まった。




 一度、家族と話をさせて貰えませんか? ちゃんと逃げるって約束します。一旦……向こうと町を離れるだけで、また戻ってきますから。




 二人が悩んでいたのは一瞬だった。でもその短い瞬間は、煮詰めたような密度があって、速答ではあったが確かに悩んでいた。




 ――分かった。必ず戻って来るんだぞ。そうだな……。段取りもあるし、黙って行っちまったら、客や連れに迷惑かけちまう……。明日の昼には、町を出るようにしよう。お前も何か用あったら、昼までにここに帰って来るんだぞ。


 あたし達、ここでずっと待ってるからね。もし先にあんたが来ても、また顔を出すんだよ。あんたの荷物も、ちゃんと持って行くから。




 おじさんは早く行けと言い残し、おばさんを連れて店の奥へと消えて行った。

 私は深く頭を下げると、二人から見えなくなるように歩き出す。


 これでいい。これで。

 もう惜しむものなど、何も無い。




 ――おい!




 呼び止められ、つい立ち止まると振り返る。


 あのツケをたんまり溜めたちゃらんぽらんが、息を切らして立っていた。

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