先への誓い
「何?」
思考を読まれているような言葉に、内心ぎょっとしながら応えた。
「この町……。引っ越しの費用や諸々の準備もそうですけれど、引っ越し先をこの地と勧めたのは、当代様ですよね?」
「うん。いい土地を見つけたから、ここにしないかって。怪異的に安全って事は、鬼討と関わる心配も少ないだろうからって」
「確かに、適切な判断と思います。一度元鬼討というレッテルを貼られた以上、鬼討と関わるのはなるべく避けるべきでありますから。相手にもよりますがどんな冷遇を浴びせられるか、分かったものではありません。然し九鬼家の体質を思うと……。穏やかに安定している地に長く暮らしてしまうのは、この地の安全性を揺るがす事となってしまうのではないでしょうか? いえ、当代様に、流石にあの混乱期にそこまでを見据えた判断を求めるのは余りに酷な話であります。然し兄様の体質の事を思うと……。矢張り、しっかり鬼討により管理されている地に住まう方がよいのでは。かと言って枝野に戻って来いとも言える立場ではありませんし……。――と、結論を出せず申し訳ありません。兄様はその辺りを、どうお考えですか? 私は九鬼家の神刀の返還を、当代様に求めてみるのも一考かと思います。自衛の為の道具という形にすれば、古参組も納得出来る名目ではないでしょうか?」
「うーん……。まあそうなんだけどね……」
その辺は一番合戦さんがいるから大丈夫だと思う。僕自身死神の力を得ているから、自衛の武器としては十分なものだと思うし。
そう言いたいのだが、これを話すと相当にややこしくなる。
「えっと、ここ、鬼討がいたみたいだから大丈夫と思うよ。僕みたいな体質の人が住んでても、そこまで問題にはならないんじゃないのかな」
「組があるのですか? ここに来るまではそのような屋敷は見えませんでしたが……」
鬼討の家は基本、大きな日本家屋だ。神刀の制作において歴史を持つ事になる背景から、古い姿をした家が多い。
「ああいや、一人」
「一人!?」
ひっくり返る花の声。
「いやっ、あの、大丈夫。常時帯刀者だから」
「常時帯刀者!!?」
最早叫んでいた。
花はすぐさまはっとして、口元に手を当てる。
「申し訳ありませんはしたない真似を――! 然し常時帯刀者とはどのような方なのでしょうか!? 一体どれ程の達人で……」
「タコさんウィンナーで怒る子」
「本当にどのような方なのですか!?」
「案外普通だよ。クラスメートだし」
「同級生ぇ!?」
「まあ、まあ。ほら。そういう事だから大丈夫だよ。一人だけど、先輩より強い人がいるんだから。ね?」
補足していく程得体の知れない人になってしまっている。ごめん一番合戦さん。
こっちでもあったややこしい一連の事さえ無ければ、変にぼかさず花にも紹介してあげたいんだ。説明上手な一番合戦さんの事だから、きっと剣術にしてもいい話が沢山聞けると思う。
人狐に騙された僕の所為で一番合戦さんを殺す所だったとか、その代償が今結構大変な形として残ってるとか無ければ。
余り近しい仲のように喋ると必ず接点を訊かれるから、そこには触れられないようよそよそしく済ませておく。お陰で一番合戦さんが変な人になってしまった気がするが、そこは共に背負うと言ってくれた仲だから大丈夫と思いたい。
「あ、あと、その人あんまり目立つのは嫌みたいだから、帰っても誰にも言わないでね?」
「わ、分かりました。兄様がそう、仰るなら……。然しその若さで常時帯刀者とはその方、もしや
「え?」
「ああいえ、私の友人の話です。旧家同士の付き合いと言いましょうか」
「はあ」
旧家は勉強の為に、余所の組の有力な家と、情報交換をする事がある。セレブの食事会みたいなもので、若い家の者からすると、全く想像が付かない集まりだ。
黒川家も他の組にそういったパイプを持っており、そう言えば先輩も「超めんどくさい」とか言いつつ、おめかしして出掛けていく事が度々あった。……本当にお嬢様らしくない振る舞いだから、花が異常に育ちのいい子に見えてしまう。
旧家の人は、こっちこそが標準なんだけどな。マクドナルドを喜んで食べるセレブなんて聞いた事無い。食事会から帰って来た翌日は必ずケンタッキーなどジャンクなものを食べていた。「このままでは舌が金持ちの味にやられる」とか、よく分かんない事言って。
「最高の美食とは糖分塩分の過剰添加による、不健康まっしぐらな悪食だ」。だっけ。
「兎も角。当代様からの伝言と、私がお伝えしたかった事は、これで全てです」
花は、仕切り直すように笑った。
別れの支度とも言うように。
「……姉様が亡くなられてから、まだ二年しか経っておりません。依然古参組の目も厳しいので、こうして会う事は頻繁にはまだ難しいかと」
「そっか」
素っ気無かっただろうか。
寂しさを誤魔化す為にさっぱりした返事が、何だか寂しさを感じてしまう。
当代様もわざわざ僕を気遣って、伝言役に花を頼んだのだろう。僕と先輩、そして花は、小さい頃から一緒にいた。少し歳の離れた花とは、一度も鬼討として行動した事は無かったけれど。
再編枝野組の組長候補か。もう既に、相当頑張ってきたんだろう。僕と先輩がいなくなった後も、今度は一人で。周りは黒川の子のくせに出来が悪いなんて言う人もいたけれど、僕も先輩も花に剣を教える度、そんな事は無いとよく言い合っていた。花は才能があるって。ただ、既存の黒川家の剣術にははまらないだけで、この子はちゃんと黒川の血を引く、優秀な子だ。
今や先輩の教えを直々に受けていた、唯一の子である。あの超然とした先輩の教えについて来れていた子が、そうは簡単に負ける筈が無い。
「もうすぐ姉様の三回忌でありますが、何か姉様に、お伝えしたい事はありますでしょうか」
「まだ、よく分かんないかな。……失敗だらけだけど先輩の教えのお陰で、助けられた人がいましたって伝えといて」
「しっかりと。兄様の分まで、私が花を供えておきます」
「ありがとう」
「では」
「うん」
示し合わせたように、その言葉は重なった。
「元気で」
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