20
失せて出会う
「なぁーんの話だったんだよ。今の」
「知ってるでしょ。前いた町での話」
「すっとぼけんじゃねえそっちじゃねえよ。体質がどうこうって所だ」
「お前に話すような事じゃない」
「なら、姉ちゃんにも話したくねえ事なんだな」
「…………」
見透かしたような事を。
足元の影を睨む。
話さなければならないとはずっと思っている。人狐戦の際は死ぬ予定だったから、そんな話をするような時間は無いと思っていた。いつ話せばいいものかと、ずるずるタイミングを見計らう振りをして、今日まで引き延ばし続けている。
でも、確かに話してもという内容だ。花にも言った通り一番合戦さんがいるし、死神の力を得た僕もいるし、九鬼家程度の存在で、この地が脅かされるとは思えない。だからと言って話さないのは、確かに正しい判断とも思えないけれど。
知ったら一番合戦さん、どんな顔をするんだろうな。
それでも関係無かったと、きっとあっさり言うんだと思うけれど。
「おっかしいなこの辺だと……お。おーい、兄ちゃん!」
どこからか声が飛ぶ。
顔を上げると、遠くに男の人がいた。
建設業の人だろうか。がっしりした体格の人だ。それらしい青い作業着を着て、足袋を履いている。肌も焼けて健康的。
歳は二〇代半ばぐらいだろうか? 背は僕より少し低いから、一七〇後半だろう。髪はツーブロックのアップバングスタイルで、濃い眉とはっきりした目鼻、もみあげと繋がった薄い顎髭も男らしい。上半身は黒い無地の半袖Tシャツ一枚で、脱いだ上の作業着を腰に巻いていた。
初対面の人なんだけれど、ぶんぶん手を振りながら駆けて来る。
「いやー悪いな急に! ちょっと探し物してるんだけどなあ」
「探し物……ですか?」
声が大きい。地声が大きいのか。
通る声質の上距離を詰めたから、尚更大きく聞こえる。
「ああ。多分この辺だと思うんだけどなぁ……」
腕を組むと、難しい顔をするお兄さん。
「何を探してるんです?」
「ってああ、猫なんだ」
「ねこ?」
建物とかじゃなくて?
道案内かと思っていた僕は、つい聞き返してしまう。
お兄さんは得意げに答えた。
「おうよ。ちっこい奴なんだけどな、子猫じゃねえんだ。ただのちびなんだが……。黒いんだ。ああいや、元は白かったんだけどな? 雪みてえに綺麗でなあ……。多分、この辺りにいるんだよ。見てねえかなあ」
「え、ええっと……」
「――悪い!」
今度はグランドの方から声がして振り向くと、鞄を提げた一番合戦さんが小走りにやって来る。市役所の位置から考えるに、裏門から戻って来たんだろう。
「ああ一番合戦さん」
困っていた所に丁度現れてくれた一番合戦さんは、正門の前にいる僕に不思議そうな顔をする。
「ずっとここで待ってたのか? 鞄も提げてないし……」
「ああいや、ちょっと野暮よ」
「ひっさしぶりだなあおい!」
一番合戦さんがお兄さんに思い切り抱き締められた。
「分っかんねえもんだなあ何年振りだ!? 元気にしてたかよ!? あっはっはっはっは!」
お兄さんのその熱烈ぷりに、僕は絶句する。
外国人みたいに熱烈なハグだ。
いた事には気付いていたが視線は僕に向けていたので、ちゃんとお兄さんを見ていなかった一番合戦さん。まず腰に手を回されると人形みたいに引き寄せられ、そのまま無抵抗に抱き締められた。
いや、というかあの……。その人怒ると、めちゃくちゃ怖いよお兄さん?
いや知り合い? 久し振りとか言ってたし……。
「…………」
その割に一番合戦さんの顔が、不快感に覆われ過ぎている。
猫とその飼い主を見ているようだ。飼い主はもう溺愛してるのに、当の猫は鬱陶しいから早く離れろとまあぶっさいくな顔で無言の圧力をかけている。その内猫パンチを浴びるやつだ。
いや一番合戦さんを不細工と言いたい訳で決してなく、もうそれぐらいに嫌っそうな顔なのだ。じょりじょりと顔に頬擦りされているその様なんて、ちょっとした罰ゲームのようにすら見えてくる。彼女は一体どんな過ちを犯し、こんな罰を受けなければならなかったのだろう。
ていうかこれ知り合いでも怒る。見てるだけで七月という時分を抜いて暑苦しいし、一番合戦さん髪乱れてるし……。
一頻り可愛がって満足したのか、大人しくなると拘束を解くお兄さん。
俯いている一番合戦さんは静かにお兄さんの腕を払うと、半歩下がりながら前髪を整えた。
「…………」
怒る。
絶対に怒る。
さっきから貫いてるこの無言から既に怖い。
空気が重い塊となって胸に押し寄せて来てる。
『
去年浴びた、あの鋭い言葉達が頭を
まあ本当に刺さるのは、人狐退治を終えた後の言い合いなんだけれど……。言い合いって言うかあれ、一番合戦さんのワンサイドゲームだし。そうです。未熟で愚かなのは僕でした。
人狐と言い合ってる時に一番合戦さんが放っていたピリピリした空気を吸うだけで、 喉とか肺に何か刺さっててもおかしくないって思ってた。今回は全くの部外者なんだから逃げても怒られないと思う。
ていうか逃げたい。意味も無くあの緊張感を味わいたくない。
「……煙草臭い」
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