19

いつかの言葉を

「……解散?」


 やっと発した僕の言葉に、花ははっとする素振りを見せた。


「いえ、申し訳ありません兄様。私もどう言葉を選んでいいのかと悩んだ末での事でありまして……。枝野組そのものが、無くなる訳ではありません。再編になるのです。枝野組の名は続くまま、組としての在り方を見つめ直す事になったと言いましょうか」

「どういう意味?」


 つい問い詰めるような口調になる。


「ご説明させて頂きます。僭越ながら黒川も含まれますが、所謂古参組への対応と言うべきでしょうか……。組織として生じていた捩じれを、ここで改めようという動きです。年功序列に徹底された上下関係を洗う為、組の運営を、もっと若い家に担って貰う形へ切り替える事となりました。古い家が支える形で、若い家を軸に百鬼退治及びその調査を行うと。無論机の上で決まったばかりの事ですので、本格的な是正はこの先何年にも及ぶ話となりますが……。当然古い家の力も必要でありますので、両者を対等な位置に運ぶ為の改革となります。成瀬、笹原、そして九鬼に枝野と、例の辻斬の百鬼の件で、大幅に組の戦力が削がれてしまった事に対しても、組の中で有望な者を選出し、新たな組の主戦力となって頂く為の教育を始める事も決定致しました。この選出に家柄は関係ありません。その者個人の力により評価されます。……その選出により私は、再編枝野組組長候補の一人となりまして、そのご報告にもと、当代様の伝言を胸に参った次第です」


 兄様。


 驚きと混乱が入り混じる胸中を、黙らせるように花は僕を呼ぶ。


「当代様は、兄様を恨んでなどおりません。最後まできちんとその思いを伝える事が出来なかったと、当代様は今でも悔やんでおります。あの時自分が、しっかり組を導く力を持っていれば、このような結末にはならなかったと今も。私もあの時、兄様の為に何も出来なかった事を、毎日のように悔やんでおります。組を支える一角の身分でありながら、黒川は……。ただ長の命に従うだけで、真実を見抜く事が出来なかったのですから。詩御しおん姉様ねえさまを止める事も、私は出来はしなかった……」

「そんな、あの時はまだ、花も小さかったし……」

「思う事に、歳など関係ありません」


 静かでありながら芯の通った声で、ぴしゃりと花は遮った。

 敵意などではないが、その目は黙って聞けと言うように。


「兄様。私は強くなります。必ず再編枝野組の長となり、いつか兄様が戻って来られるような組を作ってみせます。……だからどうか、もう自分を責める事はしないで下さい」


 震える声も、潤んだ目も、まるで僕が今も悔やんでいる事を、見透かしているようだった。


 先輩が遺体となって発見された日から、僕と花は会っていない。怒り狂った古参組の目がある手前、九鬼家は葬儀に出る事も出来ない状態だった。そのまま秘密裏に当代様とこれからの事を話し合い、誰にも告げずこの町へ逃げる形となっている。だから僕がどんな気持ちなのかを、花に伝えた事は一度も無かったのだけれど。


 全部分かってるような目をしていた。


 そんな状況下で、九鬼家に肩入れするような動きを取れる者はいない。まして同じ旧家である黒川の次期当主が近付く事など、自殺行為にも近い危険な事だ。何をされるか分かったものではない。黒川は所謂、古参組と括られるような高圧的な家ではなく若い家と親しかったので、その目は一際厳しくなっていたと思う。

 花には申し訳無いと思っていたけれど、僕もなるべく近付こうとしなかった。一連の辻斬つじぎりの件は、組の者なら誰でも知っているし、事の内容なら誰にでも確認を取れる事でもあったから。


 そんな事はもうどうでもよくて、僕は目の前の光景に打ちのめされる。


 花は僕を、恨んでいなかったのか。


「……怒らないの?」

「何をですか?」


 花は、ぽかんとしながらも即答する。


「僕の事……。だって、僕は……」

「些事に囚われるのは、小さな女だと言っているようなものですよ」


 軽く首を傾げると、花は柔らかく笑った。


「古参組こそ口には出しませんが、当時の醜態には気付いております。尤も、今頃という話ではありますが。彼らならまだしも、本当に兄様を悪いと思っている者など、一握りの矮小わいしょうな者しかおりません」


 上品でありながら少し棘のある物言いは、昔と全く同じだった。


「…………」


 急に現れては一気に色んな事を話されて、訊ねたい事も沢山あるけれど。


 まずはこれだけ、これさえ言えればいいと思った。


「……ありがとう。花」


 花は年相応に、照れたように笑う。


「――はい」


 枝野組に戻れるかもしれない。か。何だか急過ぎて、上手く言葉が出ないけれど。


 でもそうなったら、一番合戦さんとの約束はどうなるのだろう。


 この元ブラックドッグにしたって、まだ家にも話してない状態だし、こんな姿で組に戻っても、また厄介者と言うか、白い目を向けられる気が多分にする……。


「……然し兄様。少し、心配な事があるのですが」

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