険悪黒々

「……大変だよな。四六時中見られてると思うと」

「まあ、ずっとではないけどね。寝てる時もあるし」


 こいつの住処は僕の影。つまり常に、どこに行くにもついて回られているという事だ。退屈なのか人目が無い場所では、今みたいにべらべら話しかけて来て。話しかけて来ない時は寝ているのか、単に話したい気分じゃないのか。一番合戦さんが近くに来ると、高確率で顔を出す。下心があるのはどっちなんだか。

 昼間は出て来れないが、夜になると影から出て来れる事が発見され、夜になると僕の部屋の中をうろうろしている。退屈そうだが知らない。

 様子を見ている限り生活リズムは近いようで、朝は眠いのかまず話しかけて来ない。こいつの話し声は僕にだけ聞こえるとかそんな便利な仕様は無いので、無神経なタイミングで喋られると、僕が痛い視線を向けられる事になる。


「元ブラックドッグな……。まあ今は別物だから呼び方にも困る奴だが、どういう性質を持つ百鬼になったのか、そろそろ腰を据えて調べないと。あくまでお前が生み出した百鬼だから、設定はお前の自由に出来る筈なんだ。伝書鳩としか使われていなかった死神の力を、攻撃面に振り直したみたいに」

「編集者が僕一人なら、手古摺てこずらないんだけどね」


 うんざりと足元に視線を投げた。

 この場合、編集者は二人となる怪談である。


 そもそもこいつと運命共同体となったのも、一番合戦さんを救う埋め合わせの力を得る為に、彼女に死を告げに来たブラックドッグに魂を半分寄越したからだが、それで主従関係が成立したかと言われれば違う。

 あれは、あの状況だから成り立った約束だ。


 それを成し遂げないと消されてしまう、一番合戦さんに死を告げに来たブラックドッグ。人狐に先を越され、あのまま見つけられない内に彼女が死んでしまえば、こいつは消えてしまう運命だった。そこに彼女の危機と居場所を知っていた僕が付け込んで、どうせ消えてしまうのなら魂を半分やって、主人である死神の支配から逃がしてやるから、今度は僕に力を貸せと言ったのだ。その支配力も一番合戦さんが無事となった今では、何の意味も無い。

 何故なら別に僕の言う事を聞かなくても、そうしてそこに存在しているだけで、百鬼としての意味を保てているからだ。僕の命を繋ぐ、僕の半身として。

 となると元々の怠け者な性格である。仮にも犬だというのを疑う忠誠心の無さを、遺憾無く発揮出来るという訳だ。


 ぶっ飛ばしたくなってくるぐらい言う事を聞かない。


 一番合戦さんは宥めると言うより、整理するように言った。


「でも殴ったって、お前も痛い思いをするだけだろ?」


 そうなのである。魂をリンクしているからなのか、痛覚が共有されているのだ。思考は繋がっていないのでまだましと考え直せる事は全く無い。


 だから僕であり、こいつである新種の百鬼として再構築しようとも、お互いの許可が無いと力を再編出来ないのだ。死神の力はまだまだ不明所か、まだ手を着けてすらいない宙ぶらりん状態である。分かっているのは、こいつは夜になると自由に移動出来る事と、人狐戦で現れた力だけ。


 年も明けたというのに、殆ど前進していない。


「信頼関係が無いと現状以上の力を使う事は出来ない。という事か」

「信頼関係って」

「せめて交渉が出来る関係にはならないと、始まらないって話だろう。どちらにしても、得るべきは信用だ。長い付き合いになるんだから、最低限の信用は得ていかないと。お前だって不便だろう。百鬼として上位になれるなれないではなく、日常生活を送る事を考えて」

「そうだけれど……」


 この会話も聞こえているだろうに、全然出て来る気配が無いし。


「ま、お互いに言える事だけどな」


 腕を組んだ一番合戦さんは、軽く上体を倒すと僕の足下を見下ろした。

 身体を上げながら腕を解くと、僕を見る。


「まずは辺りを見て回ろう。塗壁ぬりかべだ。見当たらなかったらお前の言う通り、私を怖がって向こうに行ったのかもしれないな。暫く巡回して、私の目がある地域だとも印象付けよう。同時にお前が、プラス側の百鬼だとも宣伝出来るしな」

「……分かった」

「うん」


 僕の返事ににっと笑うと、一番合戦さんは背を向けて歩き出した。

 僕はその後を追う。


 変えた彼女の髪留めが、目に映った。

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