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 餓者髑髏がしゃどくろとは、弔われなかった戦死者達の、無念の集合体だ。今は時代を経て、供養されなかった生き物達の無念を元に生まれる事が多い。


 時代が変われば百鬼も変わる。単に戦が多かった昔は、人間を主成分に生まれる割合が高かったという話だ。大きな船が沈没したり、飛行機が墜落して大量の死者が発生したら、現代でも昔ながらの方法で現れる事もある。


 それが何の大規模な災害も起きていないこの町で現れたと、頻繁に相談が入るようになったのだ。 丁度この冬辺りから。


 まあ、犯人は私なんだけれど。この町にバラ撒いた、七三匹の家族達。


 彼らがこの町の動物達を、密かに殺し回っている。


 人狐は自然に増える。呪いや災いを運ぶ度、蓄えた力を元にして。最大数の七五匹になると増殖を止め、あとは延々、個々の能力の引き上げへ。元がある限り、成長が止まる事は無い。尤も主のいない私は時の流れという、最も強力ではあるが作業効率底辺な元集めだったが。


 お陰で気付けば四〇〇年。兎に角時間を潰す為に寝続けた。

 神刀の製作期間に換算すれば、四本分。


 全く、要領がわる過ぎて眩暈がする。人間よりも鈍間のろまだなんて。

 それをたった一年で作り上げた者を目の前にすると、もう本当に辟易だ。


 あくまで九十九神つくもがみなんだから一〇〇年使わないと、全くの別物を作ったという事になってしまう気もするが。この一番合戦さんの愛刀、焚虎たけとらは。


 仮にも鬼討の豊住志織しおりを名乗っている身分として、私も一匹に化けて貰った懐剣の神刀を忍ばせてはいるが、彼女の腰に提げられているあれは凄まじい。その辺の百鬼だったら一振りで焼き飛ばせるだろう。うちわで羽虫でも払うみたいに。


 河童とか豆腐小僧とか、乾燥に弱い百鬼は目が合っただけで一目散に逃げると思

う。火に耐性がある私でも、いちいちその存在を意識しなければならない程。


 ただ危険なのだ。無効化出来ようと、無視出来るような力じゃない。


 ただ本人、凄い下らない使い方してるけど。


 昨日は農園部から貰ったサツマイモを、焚虎たけとらで一瞬で焼き芋にしてた。


 突如グランドの隅で起きた小火ぼやに辺りは騒然。然し火事かと思った時には既に鎮火しており、残っているのは地面にじかで置かれたほくほくのお芋。


 いや、物が触れるとぜる剣で、放った火は任意で鎮火出来るとも知っているけれど、それを分かっているのは精々本人と、同僚である私だけだ。一般人が神刀の性質なんて知らないし、そもそも神刀がどういうものなのかもよく知らない。


 馬鹿なのかと思った。


 常時帯刀許可とは実力は勿論、どこに神刀を持ち込もうと場を弁え、無闇に振り回さない人物だと認められた証でもある。まず測られるのは人格なのだ。 それを寒くなってきたからと安易に抜刀する所か、 学校というまた繊細な場所のど真ん中で、焼き芋を作る為に用いましたって。


 馬鹿なんだと思った。


 バレたら許可を剥奪されると思う。 焼き芋をしようって連れて来られてたから頂いたけれど、火力調整が絶妙だったのにも慣れを感じた(普通に美味しかった)。確かに便利な炎刀型えんとうがただからって、暮らしの中に役立てていた。


 下手したらガス代の節約にもなるからと、料理をする際にも使っているかもしれない。目を疑う程の調理時間の短縮も可能だし。振れば完成。魔法か。


 やっぱり一番合戦さんは馬鹿なんだと、確信した日だった。


 まあ、馬鹿な人だとは、この春豊住志織としてやって来た日から、分かっていた事ではあったけれど。年端もいかない子供みたいに純粋で、何でもすぐに信じて。


 あの人しか信じるものが無い私には、分からない。


のろいが攻撃的な百鬼だからな。早く退治しないと」


 餓者髑髏がしゃどくろを静める方法は、一応二つ。


 一つ目は、原因である死者達を供養する事。でもこれは、まず死体を探すのに時間がかかるし、その餓者髑髏一体を成しているのが、何人分の無念なのかも分からない。

 大規模な組ならきちんとした手としてこちらの方法を用いるが、小さい組では手が回らず、被害を抑える為の手っ取り早い二つ目が採用される。それが私達がやろうとしている、武力行使で追い払う。

 最終手段に近い手なので、推奨はされない。まず追い払った後に、死体を探し供養するのだ。


 仕方が無いと分かっているのに、そう言った一番合戦さんの顔は曇っていた。


 あくまで餓者髑髏とは気の毒な存在で、本来ならきちんと弔われるべきで、本当なら化けて出る事もせずに済んだだろうに、先にこちらの都合を押し付ける形を取ってしまうのを、申し訳無さそうに。

 なら、なあなあにしているのを今すぐやめればいいと思う。


 あなた本当は、知ってるでしょう?


 恐らく國村怜十郎くにむられいじゅうろうから聞いている筈。いや、彼女が鬼討を志したのは奴が死んでからだから、それまで國村家により記録収集されていた、この地にまつわる百鬼についての資料を、まさか読んでいない筈が無い。


 今やこの町は勿論近隣地域一帯で、唯一の鬼討は彼女である。まさに二代目の國村家だ。たった四年前の私による襲撃を、知っていない筈が無い。この安定した地域の性質上、未だ最新のニュースとして更新されていないだろう。


 じゃあ分かるでしょう。少なくともよく見ると言っている、動物達の死骸の姿で。黒い穴という時点で、この犯人は人狐と判断出来る証拠であり、そして最も有りるのは、あの人狐の仕業だと。


 考えない? どうしてまるで行動が読まれているように、自分が調べている間のエリアでは、絶対にリアルタイムで獣の死骸が発生しないのか。何故全てが向こうのタイミングよく、自分が居合わせていない場所で起きているのか。


 恐らく監視されている。

 なら誰に?


 その仕事中に唯一行動を共にしているのは、どんな人物だったかな。

 確か生家を追い出されたっていう、相当縁起の悪い鬼討だったと思うけれど。

 思えば彼女がやって来たのも、同じ年の春だよね。これって全部、本当に偶然?


 ちゃんと分かってるくせに訊いてこない、その甘さが大嫌い。


 私があくまで被害者だという事に重きを置いて問い質さない、その愚かしい程に清い心が。


 こんなに憎いのに、どうしてあなたはそんなにも、死んだあの人に似てしまう?


 突き付けられてるみたいじゃないか。言われているようなものじゃないか。お前は間違っていると、あの人に。


 どうして守ってくれなかったのだ。お前は確かに最後まで、誰も呪わずにいてくれたのに。時と共に変わってしまったのか? 忘れてしまったのか?


 そんな事は無い。忘れた事だって一度も無い。私の主はあなただけ。だからあなたが死んだ後も言い付け通り誰も呪わず、ひっそりとこの土地を去ったのだ。


 あなただけだったから、忘れられなくてここにいるのだ。

 あなただけだったから、許せなかったのだ。

 

 この地の人間共を。


 四〇〇年、経とうとも。


 暫くめそめそと泣きながら彷徨さまよって、こんな場所忘れようとしたけれど無駄だった。いやそもそも、最初から無茶な話なのである。


 私はあなたじゃないと、駄目だったのだから。

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