その刃を振るうまで

-03




 まるっきりの嘘だと語る。嘘偽りの無い心とも。

 そんな、いい加減な色を愛するあなたはどちら。

 真っ赤な嘘と、赤心せきしんと。








 

 一番合戦かがり


 彼女は私が知る中で、最も強く愚かな女だ。


 どれ程か? それは簡単には語れない。少なくとも私も相当な愚か者だが、その私よりも愚か者だと断言出来る。


 私も中々、救いようの無い部類に入る不遇さと愚かしさを持っていると自負しているのだが、彼女の前ではそれも霞んでしまうだろう。


 滝の前の魚のように。

 あるいは轟然ごうぜんと燃える山の麓で、全くの別件として起きている、民家のちっぽけな小火ぼやのように。

 ……いや、これは余りに皮肉が過ぎるか。流石の彼女も顔をしかめるかもしれない。


 今の所何をしても、黙認してくれている彼女でも。




「新興住宅?」


 私の急な言葉に、隣の一番合戦さんは顔を上げた。


 一七〇センチジャストの長身、凛々しい顔立ちとクリップでフルアップに纏めた長い髪が、十六歳というのを疑うぐらい大人に見せる。

 ストライプの入ったグレーのスカートに濃紺のブレザーという我が校の制服が、これでもかと似合っていた。


 短いスカートの下には、長袖の赤いジャージ。白いラインが入っていて、七分丈に折っている。黒タイツを穿いており、靴はスニーカー。

 身はスプリンターみたいに締まっていて、クールなスポーツ少女と言った様子だ。スニーカーはハイカットの方が似合うと思うけれど、面倒臭いので普通の方がいいとの事。


「ん?」


 そんな彼女は、返事がやや遅れる。


 今駅前を通った際、選挙演説をしていた候補者の応援団に配られたチラシを眺めていたのだ。

 役人嫌いのくせに熱心に眺めているのは、期待なのか警戒か。


 私も流れで貰ったけれど、すぐに近場のゴミ箱に捨てている。候補者にも応援団にも見えている位置だったが、向こうもそんなの慣れっこだろう。チラシも演説も、当選の可能性を少しでも上げる為の無差別攻撃みたいなものだ。人の都合なんて知らないし、人間は嫌い。


「あっち」


 その駅を足元にするように、私はそびえる山を指した。


 久々に帰って来たけれど、相変わらず田舎だな。駅を麓に山があるなんて。


 もう一二月だから緑は大人しくなっているけれど、常緑樹の割合の方が高いから、年中ここは田舎だと突き付けて来る。


 あの山は県境になっていて、高速道路やトンネルが走っており、中腹には真新しい住宅達の屋根が見えた。


「ああ」


 どこを指しているのか気付いた一番合戦さんは、チラシを持った手を下げて山を見る。芯の強そうな切れ長の目が、山の向こうも射るようにすーっと流れた。


 彼女の目は怖い。鼠を弄ぶ猫のように。


 分かっているのに、生殺しにされているようで。


 何となく向けられた時は、その手で心臓を掴まれるような気分になる。

 同時に彼女は、どうしようもない人だと。


「そうだな。二〇年ぐらい前から開発が始まって、色々あって完成したのはつい最近だ。確か……五〇軒近く家はあるんだが、まだ埋まってなくて空き家が多いらしい」

「へえ……」


 初めて気付いたように言ってみる。


 確かにどういう経緯けいいがあったのかを知ったのは、今が初めてだ。この前戻って来た時は、復讐しか頭に無かったから。

 あんなものがあの山に作られていると見ただけで気が触れそうな怒りが、その衝動を加速させたのは覚えている。


 國村怜十郎くにむられいじゅうろう。忌々しい、いつの間にか湧いていた鬼討の家。細々と生き永らえていたあの血を、絶ってやる事しか。


 どうしてこんな人間共の為に戦う。全て知っていたくせに。


 あの刀はどこに行った? 国が保管しているのだろうか。


 あれは禁刀きんとう。数ある神刀しんとうの中でも間違い無く、最も危険な刀だ。あれを振るえば、誰しも軽々けいけいに世のことわりを曲げてしまう。神を殺すよりも大胆に。


 でもあれを用いれば、戻れるかもしれないのだ。四〇〇年前よりもまだ、少し前のあの頃に。あの人にもう一度、会えるかもしれない。


 小さかったあの頃は口が利けなかった。何を話しているかは分かっていたけれど、言葉を返すまでの力は持っていなかった。だってあの人、何をされても私を使おうとしなかったのだ。力が欲しくても得られない。


 私は呪い。使われて生きるしもべそのもの。呑気な招き猫ではない。突っ立っているだけで幸せを運ぶのが彼らなら、奪った幸せを主に捧ぐのが私達だ。

 生まれたばかりの黎明期から一切使わず、まだ始まっていないならに反している事にもならないと、あくまであの人は単なる妖狐ようこと、私を留めたまま死んだけど。

 百鬼の狐、人狐ひとぎつねではあるが、その本分を発揮する主をまだ、定められていないという形にして。


 決まっていないなら消える事も無い。始まってすらいないのだから。真価を発揮するに他者を条件とする、使い魔ならではの飼い殺しである。執行猶予とも言えるが。


 その為に迫害され朽ちていくあなたを見るのは、 私は死ぬより辛かった。

 

 人を呪わば穴二つ。何があっても、誰かを恨んだり、憎んだりしてはいけない。魂が腐ってしまう。

 お前は物の怪かもしれないが、それでも優しく生きるのだ。さすればいつか、必ず分かってくれる人が現れる。

 負に負けるな。流されるな。お前は人より、ずっと長生きで賢いだろう?

 清く生きるのだ。何をそしられ、何を奪われようと。その主に忠誠であろうとする、気高いお前の魂のように。


 鈍色にびいろに輝く、刃の、如く……。


餓者髑髏がしゃどくろが大量発生してるって依頼だっけ?」


 一番合戦さんが山を見ていた隙に滲んだ涙を、ブレザーではなく、下に着たカーディガンの袖で拭う。


 私は彼女のように、一二月でもブラウスとブレザーだけでやっていける程馬鹿ではない。馬鹿だから風邪を引かないのだろう。


「ああ。人里離れた場所を中心にな。山とか川とか、海とか廃墟」


 一番合戦さんは肩から提げているスポーツバッグのサイドポケットに、ぐしゃっとチラシを押し込んだ。

 要らないならさっさと捨てるか、貰わなきゃいいのに。人がいい。

 

 私がぶつ切りに会話を始めるものだから、とうとう足も止めた。駅の高架の下を潜って、山に向けて伸びる坂の上。


 左手は砂利を敷いただけの駐車場、右手には厳しい傾斜を下りた先に川があり、ガードレールとその間を竹林が覆う。


 さっきから追い払っては、一定の時間を置いて戻って来る蚊が鬱陶しい。


 農地が多いから至る所に溜め池があって、二月しかいなくならないのだ。ちょっとした水溜りにでもボウフラが湧くぐらいだから、この町においての蚊の存在感というのも逞しい。


「何だかな。最近よく出るそうだ。路地で狸や野良猫の死体をよく見るから、それが原因ではないのかな」


 前を歩いていた一番合戦さんは振り返ると、私より遥か先を見ながら言った。

 僅かに臨める海だろうか。


 別に何を見ていた訳ではなかったし、何でもよかったんだと思う。私を直視せずに済むのなら。


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