不吉な共同戦線を

 そんな事を言えるような状況じゃなかったし、言うつもりだって無かった。先輩の家族には、申し訳無いなんかじゃ追い付かない程の罪悪感を感じていたし。


 どんな言葉を並べても、喉が裂けるほど詫びたって、釣り合いっこないぐらい分かってて、それでも僕だって辛いなんて、死んだって言えやしない。言いたくない。本当に辛いのは誰でもない、先輩の家族だ。


 混乱の極みだった傘下達、特に古参組は、九鬼家そのものの追放を唱え出し、いつ笹原家の二の舞になるか分からない状態になっていた。


 古参組が気に入らないのは僕一人なんだし、笹原みたいに闇討ちにしてやりたいのが本音だったんだろうけれど、先輩と最も近しい関係だった所を見て、簡単に手を出せなかったんだろう。いやもう、周りがどう以前に、先輩を守れなかった事に変わりは無く、僕は当代様に腹を斬ると伝えに行った。全ては僕の責任であり、せめて家族は責めないでやって下さいと頭を下げて。

 それだけはよく覚えている。隣町に行くと言ってお付きの人と外出した筈の先輩が、地元の山中で辻斬の百鬼と一緒に血みどろの死体になって発見された衝撃で、正直当時のことは余りよく覚えていないのだけれど、それだけは。

 僕の所為で誰かが困るのは、もううんざりだったから。当代様は僕ではなく、娘を守れなかった自分を憎んでいたけれど。

 然しこのままでは、いつ古参組が僕の首を落とすか分からないので、その後家族とも暫く話し合った後、九鬼家は枝野組から、永久追放される事となった。二度と傘下に入る事を禁じ、組の縄張り内では、鬼討としての活動も禁止すると。それが情けをかけたものではないと証明する為、僕の神刀を枝野家に置いて行く。

 神刀は鬼討の魂。家の歴史そのもの。何本も所持出来るのは息が長い家だからこそ出来る技で、若い九鬼家はそれっきり。つまり、鬼討としての九鬼家を潰すという結論に至った。

 その約一年後、九鬼家は遠く離れた、百鬼も鬼討もいないという奇妙な町に引っ越す。


 元鬼討という、忌まれるべき名を背負い。



 僕の個人的な感情は抜いて要点を話すと、豊住さんは納得してヘアピンを下ろしてくれた。


「ごめんなさい。事情も知らず襲いかかって」


 豊住さんは深く頭を下げる。


「気にしないで? これも込みの罰だから」


 ちょっと皮肉っぽい笑顔にはなってしまったけれど。


 この穏和な様子から、さっきの激しさは想像がつかない。


 一番合戦さんは武人然とした人柄だから、敵対したらとんでもない事になるだろうなと分かるけれど、豊住さんは結構読めないタイプだ。スイッチが入ってる時と入ってない時の差が相当激しい。僕が現役でも元鬼討と知っただけで、ここまで攻撃的にはならないだろう。意外と激情家と言うか、これが小規模な組での忠誠心なのだろうか。過激ではあるけれど羨ましい。古参組のような堅物がいなくて。


「だから、一番合戦さんをどうこうしようなんて思ってないよ。寧ろ一人で抱えようとしてるのが、気になって」

「気になるって言うか、放っとけないでしょ。その先輩の二の舞みたいになりそうで」

「……まあ」


 正直引きってでもやめさせたい。一人で向かうなんて。


 関係無いと言われれば、返す言葉も無いけれど。


 でもやっぱり、豊住さんに去年の事を話して、改めて思った。一番合戦さん、何とか一人で背負わせないよう説得しないと。

 完全な僕の個人的な感情だけれど、先輩みたいな結末は絶対に見たくないし、豊住さんに僕みたいな思いも絶対にしてほしくない。


「絶対嫌だ。一番合戦さんが死ぬなんて」


 僕には珍しく強い口調で、思ったそのままの言葉だった。

 

「僕、もう一回一番合戦さんを説得してみるよ」

「分かった。私からもお願い」


 豊住さんは無駄だと言う所か、神妙に言ってくれた。


「多分放課後になったら人狐ひとぎつねを探そうと姿をくらますだろうし、その前に先手を打とう。普通に呼び出しても乗るには乗るだろうけれど、折れないから乗るだけだから。て言うか私じゃ、コミュニケーションも取れない状態だし」


 豊住さんは苦笑しながら、携帯の画面を見せてくれる。

 一番合戦さんからの返信が来ていて、「屁理屈をするな」。という言葉が、突き付けるように記されていた。


「はは……」


 思わず引きった笑みが零れる。

 絵文字も顔文字も改行すら無い文章は、本当に性格に裏表が無いと言うかイメージが壊れない人だけど、あれだけ乱暴な事を言っておいて一応返事はするという真面目さも凄まじい。悪人にはなれない人だ。


 咳払いをすると、改めて。


「豊住さん。一緒に一番合戦さんを助けよう」


 豊住さんはにこっと笑うと手を差し出し、固い握手を交わした。


「死神もびっくりの、不吉な共同戦線だね」


 立場は変われど思いは一つ。例えそれが、どういう意味を成していようとも。

 元鬼討と、生家を追われた現役の鬼討。奇妙で縁起の悪ぎる、コンビ結成の瞬間だった。


「予定調和なんて認めない」


 これは、物語ではなく、人生だ。

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