10

笑えない事をしよう

 一番合戦さんの死を回避する。僕と豊住さんの、唯一であり最大の目標だ。


 たった二人の高校生が、神の定めを変える。なんて言うと大袈裟だけれど、この場合そんなに難しい事じゃない。極端な話今日から一番合戦さんを、一週間監禁すれば達成出来る。そんな手段は流石に作戦としてカウント外だが、要は動きを制限すればいいのだ。

 ブラックドッグが彼女一人に死を告げに来たという事は、災害や大きな事故など、不特定多数の人間が巻き込まれる死因ではなく、彼女が一人の時にやってくる。なら一人にしなければいい。何よりの難関は、あの武人然とした頑固な性格だが。


 一応強行作戦に出る前に、平和的に話し合おうと、一番合戦さんを呼び出している。


「一番合戦さん。ちょっと話したい事があるんだけど」

「? うん。分かった」


 本当に頼めば聞いてくれる人だ。そして人目を憚って移動すると、


「一番合戦さん。ブラックドッグの話なんだけれど、やっぱり一人で動くのは」

「同じ事を何度も言うのは嫌いだ」


 さっきの素直さが嘘みたいに、ものすごい硬度で弾かれた。

 年端もいかない子供が、厳格な父親に変身したみたいだった。


 て言うかめちゃくちゃ怖かった。


 あんまり怖かったので、恐々こわごわ謝って逃げ帰ってきた。


 こう話しただけではただ僕が気弱なだけに聞こえるかもしれないけれど、ああなった一番合戦さんは本当に、こわくて怖い。なんなら本当は用件が読めた上で、わざと乗って手痛く弾くという威嚇行為にも見れるけれど、豊住さんいわく一番合戦さんは、そんな回りくどい事も、意地悪い事もしないそう。どんな状況でも話題が警戒すべきものでない限り、相手そのものを敬遠する事は無いらしい。真意が読めないと言うよりは、確固たる信念あってこその大らかさとか。

 来る者拒まないのも、覚悟あって出来る事。要は額面通り言葉を受け取って付いて来てくれただけなんだけれど、何と言うかもう、甚だしい人である。


 こうして豊住さんと、時間いっぱい昼休みを使い作戦を立てると、五限終わりに一番合戦さんへ再チャレンジした僕が、玉砕した事により本作戦開始である。


「まあ別に、これは作戦の内に入ってないんだけどね」


 と、一番合戦さんから逃げ帰った後、豊住さんから言われてしまったが。


 いや、一番合戦さんからすれば迷惑な方法なので、出来ればそれをやる前に納得させたかったのだ。いよいよ彼女の怒りを買うかもしれないので。いや、絶対に買う。


 その日の夜、僕は家がある山の麓の、交差点の前に立っていた。


 時刻は午後一〇時過ぎ。一つ先にある高速道路の入り口の手前にある、広い二車線の方ではなく、周りが畑の方の、一車線しかない小さな交差点だ。然も道幅が狭い。

 この時間帯になると交通量の関係から、ここの交差点は信号機の機能が半分停止する。車の方の信号機は黄色で点滅し続け、歩道の方の信号機は明かりそのものが消え、多分交通量が復活する、朝までこの調子なのだろう。街灯が相当にまばらなこの辺りでは、この点滅し続ける黄色が一番明るい。

 この町の山側、特に僕が住んでる辺りは昔から殆ど景色が変わってないみたいで、生まれも育ちもこの町の農家さんが沢山いるのだ。コンクリートより畑、店より池の面積が確実に広く、完全にハバを利かせている。店ってこの辺、コンビニしか無いけれど。一応徒歩圏内だが、山なのでキツい坂を含めて一五分。そもそも田舎だし車生活を強いられるので、その辺を歩いてる人なんて昼間でもお目にかからないが。バス一日に四本。

 そんな土地だから一定の時間になれば、人目を憚る事に神経が要らない。勝手に人払いが出来る。言い換えれば、百鬼が堂々と現れやすい。実際人狐ひとぎつねらしい百鬼の被害が起きているのは、夜の一〇時以降から夜明けまでで、それを追っている彼女達の活動も、午後一〇時からが本番である。


 一番合戦さんとは放課後以降会っていない。そもそも昼間は学校夜は鬼討と、休み無しに働ける訳もなく、学校から帰った後は一旦夜まで仮眠を取り、その後朝まで動き回るらしい。出現率は低いので大抵暇だが、一度生じれば解決まで休み無し。たった二人の鬼討とは、本当に大変である。

 なので、せめて睡眠はさせてあげようと、この時間まで静観してきた。恐らく人狐が最も活動的である時間に決行し、一番合戦さんの出鼻を挫こうという狙いもあるが。


 それにしても豊住さん、放課後も一時間ぐらい僕と段取りについて話し合って、今もこうして側に隠れて控えていてくれてるんだけれど、寝なくて平気なのだろうか。

 一番合戦さんと共に動いている筈なのに、信じられないぐらいタフである。寧ろ一番合戦さんを捕まえる作戦を練る程元気になっていて、その上暗くなるにつれ元気になってきた。まあ元鬼討として、夜につれ冴えてくる感覚は分かるけれど、何だか百鬼みたいな人である。

 目的が救出とは言え友達をめる事にテンション上がるって。どんな友達だ。


 いやまあ、共同戦線という点では、不謹慎ながら僕もワクワクしてる部分があるけれど。思えば先輩が死んでから、誰かと何かを成し遂げるのは久し振りだ。


 決行前に一番合戦さんが人狐に遭遇している。なんてヘマはしない。側で被害発生地域方面を監視している豊住さんから、炎が上がった報告が来ていないから。


 一番合戦さんの神刀、銘焚虎たけとら。その炎が燃える様が猛虎のようだという謂れから付いた名で、刀身にものが触れると発火する。

 炎刀えんとうと括っても千差万別。抜刀すれば常に燃え盛るものもあるが、一番合戦さんの焚虎たけとらの場合、斬れば爆ぜるので分かりやすい上、虎と付く名前の通り相当な火力なので、もし遭遇していれば一目瞭然との事。確かに静まり返った真夜中に、飢者髑髏がしゃどくろを灰にするような爆発があれば、嫌でも必ず目に止まる。


 この町のどこかにいる、絶対に行動を共にしてくれない一番合戦さんを呼び寄せる方法。それは至って現代的でシンプルで、多分高校生なら誰にでも出来る事だ。


 午後一〇時二〇分。僕は昨日、飢者髑髏に遭遇した心配から、本人からの要望で交換しておいたアドレスに、一通のメールを送る。

 携帯をしまう隙も無く、すぐさま返信が来た。

 

 分かった。すぐに行く。


 その短い返信から三秒。正面の遠く、市街地が広がる方から、騒々しい人の気配が近付いて来る。時折街頭に照らされる、豆みたいな人影らしいものが山を越え、こちらの方へ向かってきた。

 アスファルトを蹴り上げるような足音、激しい息遣いはどんどん大きくなり、それが一番合戦さんと分かった頃には、もう目の前で停止している。


 返信から到着まで、僅か一〇秒。


 呼び出しておいて目を疑う。どこにいたのか知らないが、少なくとも山一つ越えた向こうから駆け付けて来た。すぐに来るとは豊住さんから聞いてたけれど、これもう日常会話レベルで挙がる速度じゃない。車より速いよ?


 びっくりしすぎて忘れる前に、本作戦の内容を明かしておく。


 この町のどこかにいる、絶対に行動を共にしてくれない一番合戦さんを呼び寄せ、かつ行動を制限する方法とは。


 僕が彼女の携帯に、たった一通のメールを送る事である。


 助けて下さい。

 家の側の交差点で、人狐に襲われてる。


 無論嘘。


 然し真偽を疑う前に、駆け付けざるを得ない。本物の人狐が見つからない限り、何度でも。たったこの文章で、一番合戦さんの鬼討としての立場、彼女自身の正義感と純粋さを、最大限に利用出来る。

 勿体振って語る程の事でもない、ただたちの悪い悪戯。豊住さんが発案した本作戦は、最高に確実で悪質だ。


 全く。こんなに悪い子が委員長なんて、我がクラスメート達は、人を見る目が無い。

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