ああ、全く以て鈍感さ。

「うーんどうだろ。その仮説は、相棒が枝野家の指示を無視しかねないという前提が必要なんじゃないのかな。誰だってこの状況で、まさか無視するなんて思わないでしょ? あの指示だって実質念押しみたいなものだし、言われなくたって迂闊には行動出来ないって皆思う。成瀬がやられたんだからって。だから殆どの人はすんなり納得して反対も無く守ってる訳で、離す筈の無い目が離された故に起きたんじゃなく、付ける必要の無い筈の目が必要だったと考える方が、妥当なんじゃないのかな。だから被害者の相棒達も、 話せる事は何も無いとしか言いようが無い。一番困惑してるのは、被害者じゃなく相棒達だと思うよ」

「ああ……成る程」


 作業を一旦止め、先輩の携帯に電話をしてみると、確かにまっとうな意見を頂いた。自分が漠然と疑っているだけとよく分かる。やっぱり一人で考えるのはよくない。


「まあそう思いたくなる気持ちは分かるけどね。何も分からないまま連続でこんなの起きちゃあ」

「……すいません。仕事中に」

「何で。いいよ。て言うかそのテンションで敬語って、マジでやめてよ居心地悪い」

「今お付きの人いるんでしょう?」


 尚更声を潜めた。


「この会話自体が内密なんだから、その辺に待たせてるに決まってるでしょう?」

「あ」


 口真似されて返された。


 どおりで伝わってくる空気もやけにしんとしている訳だ。山の中にでもいるぐらいに。


「お馬鹿さん」


 むう。

 返す言葉は無い。


 先輩は弾けるように笑う。


「あっはっは。全く男の子は鈍感だねえ置いて来て正解だ。九鬼くんは隠密裏おんみつりになれないね」

「何で探偵をわざわざ江戸時代風に言うんですか」

「時代小説が好きだからさ」

「いや読まないでしょ」

土左衛門どざえもんとか猪牙とか、古めかしい言葉の意味が分からなくて挫折した」


 意外。読もうとはしたんだ。


「水死体と、それは多分猪牙ちょきって読みます」

「ちょき!? ちょきって読むのあれ!? え、どの辺にはさみ感が!? じゃあもしかして土左衛門どざえもんって、青ざめた死体がドラえもんみた」

「違います」


 先輩が馬鹿って悲しい。


 それに馬鹿と言われた僕とは何なのか。


「ふーむ成る程……一つ賢くなった。で、九鬼くん。そっちは今何してんの?」

「言われた通り片付け中です。それも兼ねて、先輩が引き出した資料を読みながら、別視点で辻斬の怪談が無いか調査中ですが。……て言うか散らかし過ぎですよ。これ本当に全部読んだんですか?」

「まあ知りたい事が限られてるから、関係の無い所は読み飛ばしてるけれど」

「はあ」


 流石に抜粋して読んでいるとは分かっていたけれど、それにしても本当に速い。


「て言うかごめん。ちょっと帰り遅くなるかも」

「何かあったんですか?」

「こっちでも同じ事件が起きてたみたいで、 ちょっと情報交換に手間取りそう。何かそいつ、隣町所かその隣町から渡り歩いてたみたいでさあ」

「辻斬の読みが当たってたってことですか?」


 つい身を乗り出した。

 解決にぐんと近付いた事になる。


「いやそれはまだ。どこ行っても同じ状況みたいで、らしい情報は回ってきてないし、まだこの線も話してない。寧ろここまで大規模なら、何か思想を掲げた集団の犯行と考え直した方がいいかも。物理的な距離を無視して、一夜に二件起きた事もあったでしょ? 町の両端で。発生時間のズレから、その空白の時間内では移動が間に合わないってぐらい遠い場所で。それでお願いなんだけれど、資料整理が終わったら私が戻るまで、適当に誰かと組んで見回り行ってくれないかな。身内が単独行動をしてないか。特に現場になった場所はね。私から皆にも、改めて通告しとくから」

「分かりました」

「絶対に無茶しないで」

「先輩も」

「私はお茶飲みながらお喋りするだけだから」

「それでもです」

「心配性だねえ。床からだよ」

「分かってますよ。じゃあ、そろそろ切りますね」

「うん。またね」


 その夜、この事件は解決する。

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