神経衰弱

「傘下の中に裏切り者がいるという考えには、何故今の時期に起こしたのかという点に説明がつきません。仮に傘下の誰かが枝野を引き摺り下ろす事が目的なら、傘下ではなく枝野家を攻撃する筈で、かつ先輩が幼い頃にすべきではないでしょうか」


 今や先輩は、当主になる前から先代を越えている天才だ。戦力的には間違い無く、彼女が枝野組最強。転覆を狙うなら、生まれて間もない頃とか、手がかかって戦力にならない時期を狙おうと思うだろう。既に幼い頃から期待されていたのだから、尚更早い内から手を打つ筈だ。

 ここまで隠密に犯行を続ける事が出来るなら、枝野ではなく傘下を狙い続ける理由も分からない。頭を潰してしまえば組織は機能を停止するが、手足を攻撃していては敵対心を煽る事になり、長期戦にも繋がってしまう。幾ら今は手際がよかろうと、いつかは必ずボロも出す。そもそも身内に恨まれるような事を、枝野家はしていない。そんな元締めが仕切る組が、指折りの大所帯に成長出来る筈も無いのだ。最も考えられる可能性は、やっぱり百鬼。

 僕の意見を聞き終えると、先輩は考えるように口元に手を当てる。


「腕利きの鬼討を狙う百鬼……。聞いた事無いけれど、確かにそういう語られ方をしているのなら、強者だけを的確に狙う事が出来る」


 怪談そのものがその百鬼の特徴を示し、語られる事で存在しうるから。


「例えば、辻斬つじぎりが百鬼になったら可能じゃないですか? 辻斬の始まりは狂った剣客の腕試しか、千人斬りを達成すると、病が治るという願掛けを目的に行われていました。もし納得のいく相手に出会う前に殺されていたり、千人を前に敗れていたりしたら、その不満を元に化けて出る事も、不自然ではないと思います」

「ああ成る程……。恨み辛みで人間が百鬼になったり、化けて出るなんて怪談の鉄板だし、ごまんとあるから鬼討でも全てを把握するのは不可能……。こういう化けて出るのって、加害者側より被害者側が化ける話が殆どだから、紛れているだけで、マニアックなだけで、探せばそんな百鬼も存在する……?」

「考えられないとは言い切れないと思います」

「いや、普通にあり得るよ。ちょっとその線当たってみよう」


 エンジンがかかってきた先輩はやっと明るくなった声で言うと、早速玄関へ歩き出す。


「っと、その前に」


 先輩は急に立ち止まって、ついて行こうとした僕も足を止めた。


「これ、まだ誰にも言っちゃ駄目だよ?」

「何でですか?」


 二人なので単独とは言えないがこんな時だし、連携はし合うべきだ。


「皆がこぞって夜道を出歩くようになるでしょ? あだを取ろうとして。全員表に出ればおびき寄せられるとか、下手に迎撃に出るかもしれない。まだ辻斬とは断定出来ないけれど、もしそうだったら向こうの思うツボじゃない。出現条件も退治の方法も分からないんだから」

「駄目……なんですか?」


 幾ら何でもこの町全ての鬼討を敵に回されて、逃げ切れるとは思えないけれど。


「成瀬家がやられたんだよ」


 組の立ち上げから枝野家と共にある、腹心の傘下。


 先輩は言い聞かせるように続けた。


かしらがどんなに立派な組でも、慢心は駄目。敵の腕は既に一線を画しているし、組の中で対応出来る人間は限られてる。皆認めようとしないけどね。ただでさえ不安定な精神状態の上、複数犯とも考えられるのに、無益な殺生は絶対に避けないといけない。確信が持てたら皆に話すとして、調査は私達だけでやろう。まずは被害者の相方達に、改めて当時の状況を確認する。古参組は私が当たるから、若い家は九鬼くんをお願いね。聞き取れなかったとしても、夕方までには切り上げて連絡する事」

「分かりました」


 若輩者同士と言うと失礼だけれど、先輩のさりげない采配は功を奏し、全員から話を聞く事が出来た。然しこれと言った収穫は無く、既出の情報の確認作業みたいになる。

 強いて得たものを挙げるとするなら検死を終えた今も犯人の痕跡が、一切見つかっていない事だった。被害者全員が切り刻まれ、無惨な最期を遂げているにかかわらず、血の一滴所か服の一片すらことごとく。つまり犯人は、手練である彼らから一太刀も浴びる事も無く、完勝を続けている。

 合流した先輩の方も同じ結果で、まだ辻斬の気があると伝えない方がいいという判断まで、正しかったという結果であった。被害者が発見されるタイミングはみな既に事切れており、正体は完璧に封じられた状態だと。


 話せる事は何も無いんだ。

 話せる事は何も無いんだ。


 話せる事は、何も無いんだ。

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