07

這い寄る刃

 同族の死はすぐに全ての家に伝えられ、枝野家を長に対策委員会が立ち上げられた。


 事件当時、成瀬家当主は仕事中であり、百鬼に襲撃された可能性が高いと判断される。死因は失血。的確に急所を攻撃しており、犯人は凶器の扱いに長けている。

 傷の形から、凶器は業物の日本刀。つまり犯人は剣の達人。実力は、枝野組傘下の名家の主を殺す程。公然と帯刀出来るのは、この町で鬼討だけ。

 最低でも二人一組が原則とされる鬼討の掟を、何故その日に限って成瀬家当主は破り、単独行動をしていたのか。何故犯人は、成瀬家当主が一人の時を狙えたのか。

 翌日にはまた一件。その翌日にもまた一件。時には二件と、物理的な距離を無視した時間に発生し、複数犯かとも噂されたが、目撃者すら現れず。

 唯一の目撃者である被害者は、それと出会えば必ず殺された。厳戒態勢でありながら、何故だか被害者が単独行動をした、僅かな隙に。

 被害者に限り、そう簡単に打ち負かされる筈がないだろうと信頼されていた実力者。特に犯人が好むのは名家の当主。会えば必ず殺され刀を折られ、場合によっては後継者さえ失い断絶する。

 枝野自慢の傘下は、気付けば四二となっていた。


「百鬼か、鬼討による犯行か」


 明日は一学期の終業式。梅雨がまだ尾を引く雨の中、先輩は体育館前のバスケットコートの真ん中で、傘を差して待っていた。

 普段ならバスケ部の練習で賑わう放課後だが、生憎の天気で体育館内だけになったらしい。狭いのでバレー部やバドミントン部との折り合いが面倒だと、クラスメートのバスケ部員が零していた。

 屋外系の部活も今日は解散らしく、辛うじて文化部の賑わいが、開け放たれた体育館の窓から響く、運動部の活気にも、負けじと雨の中から伝わってくる。


「どっちも否めないのが、辛い現状だね」


 成瀬家の当主が殺されてから、先輩の様子は重苦しいままだった。本当なら短縮授業というだけで上機嫌なのに、いつもの明るさはどこにもない。


「何で誰も見ないんだろう……。何で皆、一人で動いちゃうのかな。相方だってそれをよしとして。よしと言うか、許してしまって。少し目を離した隙にって、被害者の相方は皆言う。それってわざと被害者が、相方の目を盗んで動いたって事なのかな。付いて来られちゃまずい理由が、その先にあったとか。確かに大体の被害者は、その相方との上下関係を見た場合、上側にいたという点もあるけれど、だからってこの非常時に、鬼討の封建体質発揮してる場合じゃないって分かるでしょ。……こんな時だからこそ、慣例を重んじてしまうのかな」


 嫌だね。歳を食うって。


 先輩は、独り言みたいに零した。


 僕は口を開く。


「……被害者が名家の出か、剣の才に優れている者に限定されている点から、通り魔的な犯行とは考えられません。明らかにそれを狙っていて、それにこだわる動機もあると思います」

「枝野組傘下の中でも、粒揃いを狙っている辺りがね。確かにうちの組は有名だけれど、厳密には元締めである枝野が有名で、傘下の家々までが個体として全国区かと言われれば、それは違うと言い切れる。いや、確かに皆強いけどね。でも既に枝野の傘下ってグループに纏められちゃってるから、そこから頭一つ抜けるには相当の武功が必要で、やっぱり古い家に目が行きやすい。才能ある若い家に注目するなんて、見つけるには規模が大き過ぎる。それこそその地域に住んで、生で見ないと分からないよ」


 だから、傘下による裏切りの線がいつまでも消えない。

 と、先輩は続けなかった。


 既に組の空気は最悪で、腹の探り合いが表に出始めている。この中の誰かが犯人か、犯人に情報を売っているのではないかと。

 正直今までに無く、統率は乱れていた。何せ結果的に、傘下が元締めの命令を守っていないのである。ただ守りさえすれば、ここまでの被害は抑えられた筈なのに。

 傘下の何者かによる組の転覆と、枝野家の失墜。なんて陰謀説を唱える者までいる始末だ。肝心な時になって主を疑い、責任を押し付ける。主がきちんと命じていれば、こんな事にはならなかったのにと。


 枝野は本気で傘下を案じている。でなければ、あくまで次期当主であり何の責任も無い先輩が、こんなにやつれて目を腫らしている訳が無い。


「僕が捕まえます」

「じゃあ、まずは誰が犯人か突き止めないと」


 先輩は笑うが、いきなり根拠も無く言い出した僕を笑っているのではなかった。


 そんな気分ではないだろうに、無理に笑顔を作っている。無理をしないで下さいとか、元気を出して下さいとか、そこに筋違いな言葉をかけるつもりは無い。


 見え透いていると分かった上で、 気丈に振る舞おうと先輩が決めたのだ。


 だったら僕がすべき事は、一刻も早くこの悪夢を止める事。

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