盛者必衰

「百鬼で最も厄介な種類は何でしょう」


 帰り道。内心舞い上がっていた僕を現実に引き戻すように、先輩は切り出した。


 解散前恒例の、お勉強タイムである。雑談みたいな体で教えてくれるけれど、内容は鬼討をするにタメになるものばかりで、まだまだ未熟者の僕にはありがたい。


 例えば百鬼独特の力関係、最近では狐と犬の話を聞いた。その鼻のよさから変化へんげが暴かれてしまい、変化を得意とする百鬼の中で最も格下な狐は、犬が大の苦手なのである。狐に近付かれたくない時は犬の毛を持ち歩くと敬遠されるとか、犬は変化を暴く事から力を無効化し、狐には天敵と恐れられているなど。

 鬼討でも神刀を使う者、使い魔を使役する者など流派があり、百鬼の獣、獣鬼じゅうき使いの間では、狐系の百鬼を退治する際は、犬系の百鬼を用いるべしと教わる程だそうだ。

 神刀しんとうを用いる鬼討は百鬼そのものを広く扱い、地域性に左右されにくい普遍性が持ち味で、獣の姿をした百鬼に関しては獣鬼じゅうき使いが知識を有し、専門性が高い。他の事は結構苦手なそうで、広く浅い器用貧乏が神刀派なら、一能突出型が獣鬼使いと言った様子である。

 このようにとてもありがたいのだけれど、内心舞い上がっていた僕に、答えなど浮かぶ筈も無く。


「えっ? ええっと……」

「答えは新種」


 隣を歩く先輩は、すぐに正解を示す。真面目モードに入って話に集中しており、無様な僕の理由には気付いていない。


「百鬼とは人が語る事によって生まれ、語り継がれる時間が寿命となる。誰もその存在を信じなくなってしまえば、あっさりと消えてしまうものだけれど、神や仏を信じている限り、まだまだ絶滅は先だろうね。神様なんていないって、多分日本人なら結構言う人いそうだけれど、反面願掛けとか平気でやるし。だからその対の存在である、怪談も未だに語られる。まあ私達の神刀しんとう宜しく、時間は物に魂さえも宿すからね。既存の怪談や百鬼も時代を経て変わっていくし、どこからが旧作で新作なのか、純粋な新種とは何なのか、中々判断が難しいけれど、口裂け女とか人面犬は、分かりやすい新種の例だね。近年誕生した、新しい怪談。あれが流行った当時の鬼討達は、相当に苦労したそうだよ。まあ兎に角、前例の無い、土台が無い、その語り手によって生み出された完全オリジナルを指す。妖怪ったって腐る程あるからね。世の中色んな怪談があるけれど、必ずどこか似通ってて、唯一無二ってお話はそうそう無い。故に新種にお目にかかるなんて一生に一度でも大したもんだけれど、万一それが仕事の対象になった際の危険度は、既存のどの百鬼も置き去りにする。そいつの弱みと強みを知るのは語り手だけ。全ての権利は作者のもの。何なら弱点を設定しなくてもいいし、どう語ろうと自由自在。その百鬼を倒すには、もう語り手の想像を超えるしかない。だから、事前に出来るアドバイスなんて存在しないんだけれど、例えどんな状況でも、オリジナルとは絶対一人で戦っちゃ駄目だよ」

「先輩は相手取った事があるんですか?」

「まさか。九鬼くん置いて行った事無いんだし、九鬼くんが無いなら私も無いよ。枝野家の歴史上なら何件かはあったらしいけど、どれも大昔だし。お母さんとかとこういう話する?」

「しない……ですね。九鬼家自体遭遇した事もないですし、教えを受ける事も出来ません」


  父は一般家庭の人で、母の生家である九鬼家に婿入りしている。


 先輩は標語みたいに言って、足を止めると僕を指差した。


「兎に角。単独行動、ダメ絶対」

「した事無いですよ」


 僕は笑顔で応える。

 鬼討に生まれた以上、家督を継ぐ事に特別な理由は必要無い。戦う理由があるとすれば、それでも鬼討である理由を問うならば、それはもう、あなたを守る為に、鬼討になったようなものである。


「ま、私も無いけどね。それでなくとも、一人ぼっちは寂しいもんさ――」


 近道をしようと、公園を抜けようとした時だった。広場の噴水を横切った僕達の目の前に、死体が落ちていると気付いたのは。


 五体満足でありながら、既にその身に魂あらず。


 前面を切り刻まれ、自らの血に沈むその手が握るのは、五〇を数える傘下の中でも指折りの古株であり、枝野家と並ぶ歴史を持つ家の、無残に叩き折られた神刀だった。

 これが、刀と当主を同時に失った、成瀬なるせ家没落の瞬間である。

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