呪いを纏いてその対を

「んあーもうそんなん? はっやいねー」


 ものすごい適当な返事。その適当ぶり以上にすごい快挙なのに。


 一度も取り逃がす事がなく、初見できっちり退治した回数が連続で六〇〇回。確か記録し始めたのが中学入学時だったから、つまり先輩は中学生になってから、一度も負けた事が無い事になる。


 出会えば必ず退治される。百鬼からすれば死神だ。


「これ、当代様でも達成したのは三〇代でしょう?」

「あーお父さんの。結婚記念日のお祝いにって。まあ私五歳ぐらいだったから全然知らないけれど」


 どんな家族だ。


「ま、いいんじゃない? 記録的ではない人生でも、生きてるだけで記録は付くんだから。生年月日とか住所とか、在籍してた学校はどこかとか。その延長みたいに思えて、私はあんま興味無いかな」

「はあ……」


 間の抜けた返事になった。

 こういう所は天才っぽい。一生かかっても出来ない人だっているのに。


「勿論誉めてくれるのは嬉しいけどね。確かにぼーっと生きててやれる事じゃないし」

「今すっごい雑な返事されましたけどね」

「過去は振り返らない」


 実にカッコいいセリフだが、寝ながら人のフライドポテトを食べているので腹立たしさしかない。


「それに私、偉人になる為に鬼討やってる訳じゃないし」


 嘆息しながら、また嫌そうに僕のフライドポテトを齧る。フライドポテトがまずいみたいに見えるからやめてほしい。

 と言うか単に眠いのかもしれない。仕事柄仕方無いが、気付けばもう夜中の一時だ。


 ならば先輩は、何の為に鬼討になったのだろう。一人っ子なので家督を継ぐ以外に道は無いと思うけれど、何だかそれ以外に理由があるような言葉だった。


「はいごちそうさま。ぼちぼち帰ろっか」


 すくっと先輩が立ち上がると、テーブルから僕が注文したフライドポテトが消えていた。

 Lサイズを今の会話の内に平らげた。

 早食い過ぎる。僕一本しか食べてない。自分で注文したダブルチーズバーガーセットすら、いつの間にか消えてるし。

 まあ大食いの人って、ペースも速いものだけれど。


 足下に置いていた刀を差していると、開いた財布の中を覗き込んでいた先輩が顔を上げる。


「あっ。じゃあ今日は九鬼くんもおめでとうじゃん」

「何でですか?」


 足下に置きっ放しだった、先輩の刀を差し出しながら尋ねた。


 神刀は鬼討にとって、仕事道具であり生命線でもあり、魂そのものだ。お金も大事だけれど、一〇〇年かかって作り上げられた名刀なんだから、もうちょっと神経質になってほしい。


「九鬼くんも連続退治六〇〇回。いぇーい」

「? 先輩がでしょう?」


 先輩は何やら財布を持ってない手を挙げてくるが、意味がよく分からない。


「何で。九鬼くんも一緒に戦って来たんだから、二人の記録じゃん。お父さんだってお母さんとコンビ組んでた上での記録なんだから、一人で達成した訳じゃないし」

「いやでも……」

「自分をきちんと評価出来ない人は大成しない。自分に何が出来て何が出来ないかが分からないとは、自分がどんな人間か分からないのと同じだよ。何でも謙遜すりゃいいってもんじゃないのよほらいぇーいヤッホォ!!」


 されるがままにハイタッチ。

 ああハイタッチしたくて手を挙げたのか。


 僕達しかお客さんがいない深夜の店内に、先輩の声がうるさい。


「ちょっと先輩……」

「君を選んで正解だったと、私は常に思ってるよ」


 流石に窘めようとしたけれど、振り向き様に言われた僕は、顔が熱くなる事しか出来なかった。


 確かにコンビの座は、譲りたくないという意識はあった。上手く気に入られて、この五〇の剣客達の少しでも上を行こうと、要は権威を得ようと、元締めの人間に近付こうとする古参組に、先輩を渡したくないという意識はあった。

 剣の才は神に愛されていようとも、駆け引きの才は年相応。子供が大人に勝てる筈が無く、いいように利用されるに決まっている。傘下の家が元締めを裏切るなど聞いた事が無いが、ここまで大所帯に膨れ上がると、一つ一つの家の思惑は分からない。

 転覆なんて考えていないだろうけれど、枝野の傘下というだけで、この業界では十分なブランドだ。地位でも名声でも、代々守ってきた家を少しでも長く存続させ、大きくしたいとは、鬼討なら誰だって思う事。そこにまだ世間を知らない元締めの次期当主など、鴨葱以外何でもない。大方主が若い内からゴマをすって、右腕でも懐刀にでもなるのが狙いだろう。古参組だけに実力があるのは事実だけれど、そんな人達に先輩は絶対に。

 だから結構鍛錬していて、嫌味を言われながらも譲らずに来れていた。こっちだって、ただの縁でこの座に居座ってる訳じゃないし、そんな理由でここにいない。

 僕は先輩を守りたい。傘下としてではなく、九鬼家の地位の為ではなく、彼女の友人として。ずっと一緒にいたのだ。先輩が戦うなら戦うし、それ以上の理由は必要無い。

 友達とは性格形成にも大きく関わるし、価値観だって変えられる存在だ。それは最早自分の一部で、人生の一部であると言える。その中で最も多大な影響を与えているのは先輩で、何が何でも大事にしたい。

 だからその先輩にそんな褒め方をされるのは、冗談でも嬉しい訳で。他意は無くても、どうしても照れてしまう訳で。

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