06
七人目の天才
僕が生まれたのは、鬼討の町だった。
傘下の家は五〇を数える大所帯。その元締めを担うのは、幕府の警護を任ぜられた事もある、鬼討の大家
当時次期当主として枝野の最も若い鬼討を担っていたのは、僕の一つ上の先輩、枝野
流麗な太刀筋、打ち込めば激烈。体捌き一つをとっても、別次元だと神明に誓って断言出来る神童と。枝野が六〇〇年かけて作り上げた六振の内、傑作と呼ばれる神刀を、弱冠から使いこなすその様は、鬼討の神に愛されたとまで言わしめた。そんな彼女と知り合ったのは、もういつだっただろう。
小学校から同じだったのか、幼稚園から同じだったのか、中学から一緒なのは確実に言えるけど、きっかけはまるで覚えていない。印象が薄かったのではなく、気付けば一緒にいたから。
「どんな人ならなれるんだろうねえ。常時帯刀者」
中肉中背、ロングのストレートヘア。身形は殆ど黒に近いブレザーにスカートと、通う高校の制服で、左腕にはダイビング用の腕時計。
枝野先輩はストローで、バニラシェイクを混ぜながら言った。僕は
いいとこのお嬢様なのに、こうしてジャンクフードとか百円ショップとか、割安で手っ取り早いものを好む先輩である。身分の割に安っぽいと言うより、ものすごい庶民的。振る舞いは一般の高校生のそれだし、顔立ちや雰囲気にお嬢様感は全く無い。クラスに必ず一人はいる、人懐っこい子という感じだ。
「枝野家でも認可を頂けたのは六人。ざっくり言えば一〇〇年に一人のペース。仙人しかなれないんじゃないの?」
先輩は疲れたように嘆息すると、いい塩梅に溶けたバニラシェイクを飲む。
こんな事を言っているが、その七人目になるかもしれないと噂される天才だ。
「またまた。先輩強いじゃないですか」
お世辞じゃなくて本心から言う僕を、先輩は嫌そうに見た。
「だっから。タメ口でいいって。いつからそんな意地悪い口利くような子になったのさ」
「子って呼ばれるようになった覚えもないですけど……」
「しれっと時の流れに乗じ敬語を使うようになった姑息さを意地悪いと言わず何と言う」
「弁えられる歳に成長したって事じゃないですか」
「自分で成長って。痛いよ。人から言って貰うもんだよそれ」
「先輩は知り合った頃から変わらなさ過ぎます」
「貴様、今暗に先輩を幼稚と言ったな?」
睨まれた。
「敬ってほしいのかほしくないのかどっちですか」
「敬うねえ。尊敬と尊ぶという意味があるけれど、尊ぶって崇めるだし、尊敬は崇拝と同じだし、礼節は重んじて欲しいと思うけれど、正直友達から崇められたくはないかな。何か響きが健全な関係と思えない」
「今のそんな真面目な会話じゃなかったですけれど……」
テンポしか見てない揚げ足取りの雑談である。
「わぁってるよ何か引っ掛かっただけー」
フライドポテトを摘むと、先輩はテーブルに倒れながら伸びる。同時に足も伸ばしたらしく、僕の足とぶつかった。
「誰もいない時ぐらいさあ、意識するつもりなんて無いんだけれど、多分家庭環境があれだから過敏になっちゃって。そういう人並みに扱われない表現とか行動とか」
誰もとは他の傘下、特に、古参の家の鬼討達だ。
枝野家への忠誠心は尊敬するけれど、考え方が正直古い。
長い歴史を持つ枝野家が元締めを担う分、傘下の家々も高名揃いで、僕も共に名を連ねる身ではあるもの、古くからこの地を守り続けて来ている大先輩方に比べれば、九鬼家はまだまだ若い家なのだ。若輩者がその先輩方を差し置いて、主と仲よくするのが面白くないらしい(特に古い
傘下の中でも上下関係は厳しく、若い家の者は古い家の者に随伴するのも日常だ。
本当は古参組が多く通う地元の進学校に、元締めである枝野家も進学するのが習わしみたいになっているけれど、屈指の才媛であり風流人とも呼ばれる先輩は、僕と同じ一般の公立校に進学した。枝野家始まって彼女が初めてだそう。元々枝野家がそこの進学校をよく使っていたから古参組も通うようになっただけで、確かに通わなければならない理由は無い。
こっちの学校は一般家庭の生徒が殆どだから、鬼討は先輩と僕しか在籍していないのだ。仕事外も枝野様枝野様と付き纏われるのが嫌だったかららしいが、何とも皮肉な話である。
確かに大事な元締めの、一人娘であり唯一の跡取り。 天才であれ何であれ、過保護になって当然の反応とも言える。僕という若輩者一人で、いざという時主を守れるのかという文句も。単に高校生にもなって、先輩を
中学高校は上下関係を学ぶ場でもあるし、敬語は切り替えるのにちょうどいいタイミングだっただけで、それ以上の意味は無い。 とは伝えているんだけれど、そういう特殊な家庭環境故、僕にまで上辺でも謙遜されるのはお気に召さないらしい。こうして隙を見ては突っかかってくる。
いや、ストレスを発散している。八つ当たりとも言えるけれど、こんなの友達ならカウント外だ。こんな些事をいちいち数えて、不満を腹に溜め込んでしまえる程、ちっぽけな仲じゃない。お互いに、一番一緒にいる友達だ。
一方で、やたらに
さっき倒した
狐よりも、狸よりも変化が上手い、化かすに関しては最強の百鬼。探すも追うのも大変で、見つけた所で
僕は背凭れから体を離すと姿勢を正し、テーブルに倒れ込んだまま僕のフライドポテトをちびちび摘む先輩を見下ろす。
「兎に角。おめでとうございます、先輩」
深々と頭を下げた。
嫌味じゃなくて、本心から。
「今年の夏休みも英語の補習を受ける事になった私のおつむがか」
ものすごく睨まれた。
「それは今聞きましたし聞きたくなかった事ですが……」
お付きが嫌でこっちに進学したのではなく、単に学力が足りなかったからではと、高校生になって思う僕だった。
こんな調子で卒業以前に、先輩は来年三年生になれるのか心配である。とうとうダブって同じクラスにでもなった時を思うと、いよいよタメ口が利けない。
「ではなく、今日で百鬼退治、六〇〇連勝達成ですよ」
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