「……あー。あなたって、本当に面倒臭い」

 順序を踏むように話していた豊住さんは、ほんの一瞬怪訝な顔をすると、


「それは役目としての知識として? それとも経験が伴ったものとして?」


 と、事務的な口調に戻る。


「直接出会でくわしたのは昨日が初めて。先輩の鬼討から習った。その先輩は何でも出来たし、体験談と一緒には聞いてる」

「成る程。それは手堅い」


 豊住さんは納得すると、手を口元に当てて考え始める。


 集中して黙考する彼女に、僕は遠慮がちに尋ねた。


「……あの、豊住さん」

「ん?」

「一番合戦さんが頑なに今追ってる百鬼と戦おうとするのは、人手不足だから?」

「多分にはあるよ? と言うか根本的に、一番合戦さんの鬼討に対する姿勢って、それだけで語れてしまう所もあるし。……何せ私が来るまでは、たった一人の鬼討だったからね」


 手を下ろした豊住さんは、遠くを見ると語り出した。


「昔からこの地は、百鬼の出現率が低い。怪異的な意味として、非常に安全で、安定している。今まで鬼討を担う家が無かったまでは言わないけれど、気付けば廃れて忘れ去られてきた程だから、決して必要性は高くなかったね。必要ではなかったとまでは言えないけれど、いつの間にか廃れて、有事の際は近隣の鬼討に頼るようになって、まず有事自体が滅多に無かったから、鬼討の重要性や百鬼の危険性が、この地の人々の意識から、すっぽり抜け落ちていったみたい。でもこの十余年、安定していたバランスが崩れ始めた。思い出せば気付くぐらいの、緩慢な速度で。丁度この町が依頼している鬼討が亡くなってから。元が非常に安定していたから、いきなり死傷者が出るような大きな事は起きなかったみたいだけれど、その方が亡くなって、一番合戦さんは初めて思ったんだって。私は、この町の人々は、私が生まれるずっとずっと前から、たった一つの家にこんな大変な事を押し付けていたのかって。自分の身を守る為に、自分のものを守る為に、何故誰かの力を当てにするのか。それが大切だと一番分かっているのは、誰でもない自分なのに。だから、鬼討になろうと決めたって」

「それだけで?」

「疑うでしょ?」


 思わず口を挟んだ僕に、豊住さんは笑った。


「報い、背負わなければならないって。今まで守ってきてくれた鬼討達への恩義と、平然とそれを当たり前として生きてきた、己の無知への戒めとして。独力で努力して、努力して、常時帯刀者まで登り詰めた。別にその鬼討に助けて貰った事があるとか、そんなエピソードも全く無いって。語るにしては拍子抜けで、甚だ説得力に欠ける話だよ。それだけ一番合戦さんの中では引っ掛かって、変えたいと思った証でもあるけれど。一般人が鬼討になるだけでも凄いのに、常時帯刀者まで登り詰めたきっかけがそれじゃあね。やっぱり天才は、感覚が違うのかな。私も初めて会った時、どんな名家の子かと思ったもん。まあだから、仕事への姿勢は相当ストイック。正直ブラックドッグとか眼中にも無いだろうし、ぶっちゃけ代役を頼める鬼討がいた所で、絶対に止まらない。モチベーションはこの町の歴史が既に作り上げてるから、今更環境がどうなろうとって感じかな。生まれる前から既に、多大な恩を受けてるから」

「……危険に晒されているのが自分なら、尚更止まる筈が無い。自分で乗り越える為に、鬼討になったから」

「そういう事。本来一〇〇年かかって漸く作り上げられる神刀しんとうを、一代で完成させたその思いの強さは、他人が量れるものじゃないよ」


 一代。鬼討の歴史や仕組みをひっくり返すようなわざを、同じ時代に生きる同い年の女の子がこなしている。


 そんな短期間で物に魂を与えるなど、最早神様に近い。物体という土台が必要とは言え、神様を作るのだ。下手をすれば人間を作った神様さえ、ある意味で超えている。


 一番合戦。僕は彼女という存在に、恐れを覚えたのか身震いした。


 そんな彼女が早世すると決められたとは、神様が世界のバランスを保とうとしているのかもしれないなんて、不謹慎な事も同時に思う。造物主が自分の失敗を、死を司る神に押し付けるみたいに。


 こんな考えを話したら、一番合戦さんは尚更逆らおうとするだろう。あんなに頑固なのはそれも含まれているのではと一瞬思ったけれど、鬼討としての腕には自信があるようには見えても、自分を神様と思っているような傲慢な人には、間違っても見えない。寧ろ心配性で、嘘が下手で、とっても人間臭い。

 その夭折ようせつの運命を意地で乗り越えようとしている辺り、神様なら絶対しない方法だ。同じ人間でも、わざわざ元凶を倒しに行こうなんて思わない。期限も分かってるんだから、普通隠れて過ぎるのを大人しく待つだろう。自ら危険へ突き進もうとするのだから、案外放っておいても、早死にしそうな性格ではある。まさに神憑っているとも言えるが。


 いやでも、目を疑う程の強さだし。


 餓者髑髏がしゃどくろを斬った剣筋、余りの速さに落雷かと思ったけれど、正体は一番合戦さん。

 じゃああれは放電するタイプの神刀しんとうだったんだって納得したけれど、さっき話せば、「ほら、私の剣は火を吐いてただろう?」って。衝撃が重なり過ぎてスルーしてしまった。


 神格化した刀、神刀は、それぞれ個性を持つようになり、百鬼宜しく超常的な力を得る。百鬼に対抗する為百鬼に近付くとも言えるが、出現しやすい能力の筆頭が、一番合戦さんが持つ炎刀型えんとうがただ。


 火を吐く剣。昔から火は魔をはらうと信じられており、そのイメージから現れやすい。神刀の力は歴代の持ち主達の思いを元に作られるので、一代で作り上げた一番合戦さんの剣は、彼女の思いそのものだ。

 鬼討の常識を覆す彼女の剣が、その鬼討の歴史を最も踏襲している炎刀型えんとうがたとは、どうしても皮肉に見えてしまうが。


「だから正直、一番合戦さんが負ける所を想像出来ないんだけどね」


 豊住さんは大真面目に言った。


 昨日知り合った僕でさえ納得するのだから、共に戦ってきた彼女にはもっと重い言葉だろう。


「でもだからって、そんな大事な事をだんまりとは頂けないな。鬼討としても、友達としても」


 然しそう続けた豊住さんは、それ以上に怒っていた。


 実際話しながら何度も食堂の方を見ていて、そこには昼ご飯を食べに行った一番合戦さんがいる。

 今だって見ていて、そのままじっと食堂の方の空を見ると、豊住さんは小さく息を吐いた。


「……まあ、喜びはしないけれど、独断でそんな事をされて気を遣うのもな」

「え?」

人狐ひとぎつねって知ってる?」


 豊住さんは何やら呟くと、唐突に切り出した。

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