05
嘘にもなれず
「そこで私への口止めをしないのが、一番合戦さんの長所であり真骨頂でもあるけれど、これは馬鹿としか言いようが無いね」
一番合戦さんと話し終えて、午前の授業が終わった後。中庭で全てを話し終えた僕に、豊住さんはそう言った。顔に似合わず、結構キツい物言いをする。
いや、多分そんな性格なんじゃなくてシンプルに、乱暴な言葉遣いにならざるを得ない状況だからだろう。
ものすごく怒っている。
まだまだ新参者の僕にも分かるくらい、それはもう怒っている。
何せ一番合戦さんは本当に、豊住さんに何も話していなかったのだから。
「って、悪態ついて話が進むなら皆やるってね。まさかあのたった数分の間に、そんな事があったとは。流石に想像を超えるよ」
豊住さんは嘆息した。
それでも信じられなくて、僕はしつこく訊いてしまう。
「……ほんとに何も聞いてないの?」
「何にも。九鬼くんを送って戻ってきてから、様子はおかしかったけどね。急によそよそしいと言うか攻撃的になるものだから、何かはあったんだろうと思ってたけれど。『何かめんどくさくなったからお前もう帰れ』とか、『明日から一週間一度でも話しかけたらシバく』とか、急に辛辣な言葉を浴びせられたから」
嘘が下手過ぎて暴言になっていた。
本意の優しさは隠せているが、て言うか台無しにしてるから、もうただ性格の悪い子になっている。嘘なんだから、本意が伝わらなくて当然だけれど。
ていうか、やっぱり嘘がつけない人だった。
そして豊住さん、
「まあいつもの事だから暫く放熱させて、落ち着いた所で事情を聞こうとは思ってたけれど」
いつもなんだ。豊住さん、何も悪い事してないのに、一番合戦さんの気持ち次第で暴言を吐かれるんだ。どんな友情だ。
然もいつもの事って、バレている。こんな恥ずかしい事があるだろうか。
豊住さんも指摘すればいいのに。指摘しても直らないのか聞き入れないのか、時間を置けば聞き出せると言っているという事は、敢えて一番合戦さんに合わせて何も言わないのか。
確かに気さくで、訊けば何でも答えてくれそうな人だけれど、その信念には並じゃない頑なさがある。
屈しないから、何でも喋る。
だから僕にも、口止めをしなかった。
なら最初から豊住さんにも話せばいいのにと思うけれど、僕のような情報提供者に語る今後の予定と、介入出来る力を持つ豊住さんに危険に巻き込むような事を喋るのは、全く意味が違うんだろう。
僕に口止めをしなかったのも、豊住さんにバレた所で覚悟を曲げる気が無いからというより、素人の僕にはそこまで言わないと納得出来ないと思ったからだと思う。
人がよすぎて、矛盾してる。
そしてそれに、多分本人は気付いてない。
堂々としていると言うか、愚かと言うか。
そんな人の優しさを踏み躙るような告白をする事に、僕は何の迷いもない。
一番合戦さんもきっと、怒らないんだろう。
「どうして九鬼くんはそれを一目見ただけで、ブラックドッグと分かったの?」
豊住さんは何よりもまず、確かめるべき事を訊いた。
それは一番合戦さんが最初に訊くべき事でもあって、こちらとしては話が進みやすさが並みではなかったから、違和感が尋常じゃなかった。だって本当に疑わないのだ彼女。自分で見た訳でもないのに。
改めて訊かれると、答えるのが嫌なのがよく分かる。それに付属するであろう説明とか、思い出とか。
昨日の一番合戦さんの時は動転してたから、後先考えずに突っ走ってしまったけれど、多分一番合戦さんじゃないと、あの場できちんと状況を伝えられなかったと思う。疑ってしまう程の彼女の潔さに、引っ張られたのかもしれない。
意を決しながら、慎重に息を吸う。
「……昔、鬼討だったんだ。今はやめちゃったけれど。だから、知ってた」
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