歪な友情

「オサキや管狐くだぎつねと同じ、人間に使役される狐の百鬼。ブラックドッグが死神の使い魔なら、人狐ひとぎつねは人間の使い魔と考えると分かりやすいよ。尤も、似たような特徴を持つオサキや管狐と比べて、そのたちすこぶる悪い。狐憑きつねつきって言葉があるけれど、あれは単に狐の百鬼に憑かれた場合、あるいはオサキや人狐とか、そういう狐を従える者の仕業しわざと考えられてて、実際これらの百鬼には、人間に取り憑く力がある。悪疾あくしつを与え、精神を壊し、主命とあらば命も奪う。人狐は取り憑いた人が死ぬと、憑いていた肉体を食い破って外に出るから、必ずどこかに黒い穴が空くんだよね」


 昨日竹藪で見た、猫の死体が頭に浮かんだ。


「今回の被害者はまだ動物だけれど、全て身体のどこかに黒い穴が空いてるの。だから一連の死因は、恐らく人狐による狐憑きで、犯人はその主人と私達は読んでる。……まではよかったんだけれど、情け無い話主人が中々見つからなくて、後手に回ってるのが実状なんだ。辺りに狐の毛が度々落ちてるから読み違いとは考えにくいんだけれど、狐の使い魔を持ってる家は敬遠されがちだから、いるなら分かり易い筈なんだけどね。大凡おおよそが長くその地で生活しているという性質もあるし。人狐ひとぎつね管狐くだぎつねと同じ、最大で七五匹にも増えるから、もし犯人の人狐もそれ程の規模に達していたら、いよいよ手に負えなくなる」


 どうやら一番合戦さんが伏せた、今追っている百鬼についての考察を述べているらしい。

 さっきの独り言の意味が分かる。お目玉だ。


「島根で人狐を持ってる家は、きつねヅルって言うんだけどね。オサキはオサキモチ。人為的な狐憑きは、大凡オサキモチや狐ヅルが起こすもので、憑かせる相手に何かしらの恨みがあるとか、もしくは相手がオサキモチや狐ヅルの恨みを買うような事をしたとか、兎に角怨恨が原因なんだけれど、動機が被害状況から掴めない。大体もう一ヶ月続いてるけれど、殺されているのは動物だけ。山の烏に猪から、ペットの猫や兎まで無差別で、個人を攻撃しているとは考えにくいの。人間を狙わないのは故意なのか、主人か使い魔の力不足なのかは、端から見て判別出来ないんだよね。その犯人に一番合戦さんは殺されると、九鬼くんは読んだ訳だ」

「う、うん」


 豊住さんはぐいぐい話を進める。

 部外者である僕を極力巻き込むなという、一番合戦さんの思いを踏み躙って。一番合戦さんを助ける為に。

 あくまで目撃者に過ぎない僕を気遣う前に、まずは自分を助けようと努力しろと言いたげに。


 一番合戦さんが言ったから指摘しなかったけれど、彼女の言う通り、仕事内容について喋り過ぎてくれたのも、焦りや不安の表れだったのだろうか。


「確かに考えられる死因としては、私もそれが一番らしいと思う」

「でも、一番合戦さん強いよね?」

「強い」


 豊住さんは即答した。


「掛け値無しに、一番合戦さんは強いよ。一切のコネクションが無い一般家庭の出で常時帯刀が許された、本物の剣客だもの。ただの鬼討である私とは、完全にレベルが違う。それ以上にその犯人が強いとなると、もう完全にお手上げだね。確かに一番合戦さんの言う通り、死とは敗北と直結しない。私達は基本的に、仕事中は一緒に行動するから、その犯人と遭遇する時も、二人でいる可能性が高いんだよね。一番合戦さんと犯人との純粋な力量差だけで無く、私が一番合戦さんの足を引っ張って、彼女を死なせてしまう恐れもある。一番合戦さんより、私はずっと弱いからね」


 言い切るけれど、その苦笑は寂しかった。

 大切な人の窮地を救えない所か、足手纏いになるかもしれない。そんな事を豊住さんは、それでも当たり前のように言ってみせた。己の無力と絶望を、正面から受け止めて。


 あの頃の僕に、そんな強さはあっただろうか。


「その点では確かに、一人で戦おうとする一番合戦さんは正しいよ。下手な同情で連れ立って、救いになる人なんて誰もいない。一番合戦さんその辺厳しいから、謙遜はしても割り切ってる。どちらが上で下かぐらい。思いつく可能性で、最も死因が高いのはこの道だもの」


 私を庇って、一番合戦さんが死ぬ。


「いやでもそれって、ブラックドッグが来ても来なくても、常に一番高い可能性だよ? 力量差が決まっている以上、絶対コンビの中でどちらかが長所になって、どちらかが短所になる。確かに人狐は呪いに関しては強力だけれど、戦いに関してはそこまで脅威にならない百鬼だし、それに一番合戦さん、豊住さんが邪魔だからそんな事言ったんじゃないよ」


 私の友達を守ってくれてありがとうと、一番合戦さんは確かに言った。


「そうかな」


 然し豊住さんは、淡々と否定する。


「確かに人狐は戦い向きの百鬼じゃない。単体で見ればね。でも例えば、一番合戦さんが攻撃出来ないような人に憑かれたら、形勢は一気に覆るよね? て言うか赤の他人を利用されようと、一般人を斬るなんて出来ないし」

「…………」


 僕がいたと知らずに餓者髑髏がしゃどくろを斬った時の動揺から、一番合戦さんには特に効果的だと思った。


 自分を庇って一番合戦さんが死ぬという、豊住さんの予測が現実味を帯びてくる。


 だったら一番合戦さんの言う通り、一人で向かわせた方がいいのだろうか? 死ぬかもしれないのは同じなのに?


 確かに正しい。そちらの方が一番合戦さんの勝率は上がる。でも豊住さんが、自分が原因にならないよう逃げているだけのようにも見えるのは、気の所為だろうか。


 綺麗事なのだろうか。何もしてやれないかもしれないけれど、何とかしてあげたいと思うのは、間違いなのだろうか。


 豊住さんみたいに大人じゃない僕は、何とか抗おうと言葉を探す。


「でも……」

「まあ、認める気なんてさらさら無いけどね。そんな勝手な独断を、見逃す友達がありますか」


 さっぱりとした豊住さんの笑顔が、重苦しい空気を取り払った。


「万一私を庇って一番合戦さんが死ぬのが正解なら、私が一番合戦さんを庇って代わりに死ぬという回避策もあるんだもの」

「いやそれ絶対一番合戦さん認めない……」

「同じ事をしようとしておいて叱る立場なんて無いでしょうに。まあそれは万策尽きたらやるとして」

「やるの!?」

「友達が命を懸けてるのに、一緒に懸けれないなんて友達って言えないよ。それしか無いなら最悪そうする。恨まれようが憎まれようが、私の為に死なれる方がずっと嫌。どんな手を使おうと、一番合戦さんには生きて欲しい。私だって、一番合戦さんの事大事だもん。て言うか未来なんてヒントを出された程度で分かる筈無いんだし、ぐちゃぐちゃ悩んでる方が馬鹿らしい。そもそも人狐が原因っていう読みが正しいのかも分からないだし、ちゃんと話し合って、一緒に何とか出来そうな作戦を考える。助けを求められない状態に陥らせるのは避けるべきだし、直接救う事だけが役に立つ事じゃない。九鬼くん。一番合戦さんを一人にさせないでくれて、私を知らない内に薄情者にさせないでくれて、話してくれて本当にありがとう」


 実は男前で吹っ切れた豊住さんは、ぺこりと僕に頭を下げた。


「……戦うんだ。一緒に」


 羨ましくて、つい尋ねる。

 僕には出来なかった事だから。


 頭を上げた豊住さんは、今度こそ本当に苦笑する。


「共闘なんて、偉そうな事を言える腕じゃないけどね。……話しかけたらシバくって言ってたけれど、ダメ元でメールしてみようか」


 行動の早い人で、早速携帯を取り出した。一番合戦さんを呼び出す為であろうメールを打ち出す。


「そうだ九鬼くん」


 画面に目を落としたまま呼ばれた。


「何?」


 打鍵が早い。


「鬼討はやめられないよ?」

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