22

「……まあ、理屈じゃないからな。そういうの」


 まずい。


 頭にその言葉が浮かぶよりも先に、僕は二人の間へ飛び出していた。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 腕を組んだままだった一番合戦さんは驚くが、彼女は飛び出して来た僕に驚かない所か、邪魔臭そうに睨み付けてくる。


「何よあんた。失せなさい」


 怖い!


 狙ったように夕日に照らされている場所だから、眩しさに目を細めている分余計に目つきが悪い!

 何とか中断させられた抜刀だが、剣を収めるつもりは全く無い腕が本物の危険を覚える!

 一度決めたら人の意見など鉄のように弾き返す一番合戦さんとはまた違う、攻撃的な味わいだ!


「駄目だって! 百鬼が出た訳でもないのに抜刀なんて……! それに、所属する組の管理区外に入る時は、まずそこの鬼討に挨拶するのがすじ

「視界に入らないで邪魔」


 サッカーボールじゃないのに右のすねをトーキックされた。


「んんっ!?」


 情け無い声を出す事を許して欲しい。彼女はローファーを履いている。


 僕は余りの痛みに、脛を押さえながら屈み込んだ。


「こら人を蹴るな」


 すると頭の上を、咎める調子で一番合戦さんの声が飛ぶ。

 同時に振り上げていた右拳は、左頬から彼女の顔を打ち抜いた。


 女子が女子をぶん殴った。


 流れるような動きに目を疑う。


 いや何してんの一番合戦さん。前言が何の説得力もなくなっちゃってるよ。確かに悪いのは彼女だけれども、君のその行いも中々のあくだよ。


 一番合戦さん……。ギャグで片付けられる範囲に加減しなかったらしい。殴られた彼女は吹っ飛ばされると、二、三歩後ろへよろめいた。


「ぺっ……! いったいじゃない! 何すんのよ!」


 血の混じった唾を吐くと、涙目で一番合戦さんを睨む彼女。舌を噛んだらしい……。

 思わず手放した剣は、何とか鞘に収まっている。


 彼女と僕がぞれぞれ受けたダメージは、一体どちらが重いのか。あの子顔殴られた上出血してるし……。

 もう彼女の怒り具合は、僕に割って入られた時の比ではないと、下がった際入った路地に遮られ、直射日光を浴びなくなり、細める必要が無くなっても尚厳しい目が言っている。


 そんな彼女に、腕を組み直していた一番合戦さんは一言。


「整形だ」

「てっきとーな嘘ブッ込んでんじゃないわよ!!」


 一番合戦さんは冗談をやめると、特にこれと言って無かった表情に、呆れを滲ませて嘆息たんそくした。


「……本気で斬るつもりも無いのに、格好をつけるからだ。反省をしろ」

「うるッさいのよこのジャージ女!」

「てめー今何つった」


 何でそこで怒るの。


「……もうじゃなくて、一番合戦さんも落ち着いてって!」


 痛みが和らいだので立ち上がると、彼女に背を向けるよう一番合戦さんに向き直った。

 二人は何か因縁があるみたいだけれど、他人に背を向けて間に立たれては、彼女も斬りかかって来れないだろう。そんな恥、鬼討ならまずやらない。主に武士を始まりとしているからか、その辺りの美意識は通じているものがある。

 いやていうかもう、どっちを先に宥めるべきか非常に悩むんだけれど……。


「九鬼」

「何そのいたのかみたいな感じ」

「いや、いたのは分かってる。痛そうだったからな」

「別に上手い事言えてないからね。ていうか、一番痛そうなのあの子だし……」

「いいんだよあいつはいつもあんなだから」

「何ブツクサ言ってんのよ!」


 振り返ると、彼女がずんずんと大股で近付いて来る。


「いや、あの……」

「つかあんた何!? 刀も提げてないし獣鬼じゅうき使いにしても獣臭くないし、一体何なのか知らないけれど、人の喧嘩に首突っ込もうってんなら叩っ斬るわよ!?」

「のわっ!?」


 路地を抜けこちらに渡って来ると、胸倉を掴んで引き寄せられた。

 出会でくわした時は夕日が眩しかったし、すぐに一番合戦さんがぶん殴って向こうの路地へ吹き飛ばしていたから、初めてまともにお互いの顔を見る事になる。


「おい、いい加減に……」


 腕を解いた一番合戦さんが、ちょっと本気で怒ろうとしたその時だった。


「えっ? 嘘、カッコいい」

「えっ?」


 彼女は僕の胸倉を手離すと、急に慌てたように背を向けて距離を取る。


「ご、ごめんなさいあの……! さっきまでっ、夕日が眩しくて顔がよく見えなくて……!」


 態度が急変した理由が分からない。


 聞き逃してしまったけれど、何か言われたような気が。


 僕越しに、一番合戦さんに睨まれでもしたのだろうか。園児ぐらいなら一睨みで泣かせられると噂の眼光だ。


 急に髪型を気にし出して、しきりに両の手櫛てぐしで整えながら、右半身をこちらに向けた彼女は続ける。


「あ、あたし、苧環おだまきっていうの。あなたの名前は……。何ていうのかしら……?」


 何で彼女はしどろもどろになっているのか。

 ついほんのさっきまで、あんなにすらすら啖呵を切れていたのに。

 合わせなくなった目は、ものすごい泳ぎ出したし……。


 困って一番合戦さんの方を見た。何かを察したのか彼女の方を見て、額に手を当てると深く嘆息している。


「?」


 何? 何だろう?

 これ今……どういう状況? 


 早く答えてやれと一番合戦さんに身振りと口パクで訴えられ、そう言えばと慌てて彼女に近付いた。


「あ、えーっと……。九鬼助広です。宜しく……」


 握手しようと手を差し出す。


「えっ!?」

「へっ?」


 ぎくりと飛び上がられた。


 しまった。いきなりスキンシップはまずかっただろうか。


「あ、ああ……! 握手! 握手ね! あ、赤嶺あかみね苧環おだまきよ。宜しく……!」


 と思ったがブラウスで適当に拭った後、手を差し出してくれたので普通に握手。


 やたらぎこちなかったが笑顔だし、嫌そうな素振りはされなかった。


 ……何だろうこの子……。


「それは赤嶺あかみね組現当主の娘だ。あの炎刀型えんとうがたで有名な組。統率力の高い枝野組と、旧家同士よく対で語られるだろ。次期当主候補でもあるから鍛錬だ勉強だの、こんな所をほっつき歩いている暇は無いと思うのだが」

「え」


 思わず一番合戦さんに振り返る。


 赤嶺あかみねって、その赤嶺?

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