赤き剣客


「……お前こそ何でいるんだ」


 虫でも食べさせられたような顔で、一番合戦さんも彼女を睨んだ。


「ハッ」


 それが開戦の合図とでも言うように、明らかにスイッチの入った彼女は腕を組む。


「何であたしがあんたにそんな事教えてやんなきゃならない訳? 友達みたいでキモいんだけど」


 一番合戦さんの右のこめかみに、ぴしりと浮いた血管が走った。


「口の悪い女だな相変わらず……。名ばかり令嬢とはこの事だ」


 続けて腕も組むが、別に彼女に寄せているのではなく単なる癖。


 今度は彼女の左下まぶたが、痙攣けいれんでも起こしたようにぴくりと揺れた。


「知ったような口を利かないでくれるかしら芋侍いもざむらい? ぷらっと現れたと思ったらぷらっと消えて。つかあんた、常時帯刀者のくせにこんな田舎で鬼討してんの? 職務怠慢も甚だしい。そんな詐欺みたいな称号、さっさとお上に返した方がいいんじゃない?」

「お前こそさっさと家に帰ったらどうだ。つか近いからもう少し離れろ」

「あんたが勝手に離れなさい」

「お前の為に下がる足など持っとらん」

「頑固親父か」

「俗物令嬢」

「あほ」

「ブス」

「はァん!?」


 づらいっ!


 せめて一番合戦さん、僕の存在を思い出して!?


 明確な悪意を乗せた暴言の応酬に、どんどんヒートアップしていく二人。

 無意識だろうか。威嚇するように徐々に距離を詰めながら毒を吐いていた少女は、とうとう一番合戦さんの全日本人女性を一瞬で敵に回す言葉、「ブス」によって爆発する。

 不意打ちも甚だしい唐突の一撃。なんて端的に女心を貶す言葉を吐くんだ。流石女子。男子はそんな恐ろしい事間違っても言えない。言えば一生心に残るような強烈な言葉で刺し返される。

 そもそも彼女ブスじゃない。寧ろ整っていて可愛らしい顔付きだ。険はあるがそこがいというタイプだろう。 絡んで来たのも彼女だが、にしても年頃の女の子を粗大ゴミでも見るような目でブスと吐き捨てなくても。


「……ハッ。ああそう。減らない口も相変わらずって事ね……」


 眩暈でも起こしたように、ふらりと後ろへ下がる彼女。表情は不敵だが、ダメージはしっかりとあるらしい。無理も無い。

 可愛いからそんな思い切り容姿を貶された経験も無いのだろう。ここでお前の方がブスだと返せる程、残念ながら一番合戦さんも不美人ではないのが世知辛い。

 騒ぐ時は騒ぐし信じ難い奇行にも走るが、基本は女子大生ぐらいに見えるクールビューティーだ。仕事中の顔なんてもうキレッキレである。これはもう好みの問題だ。だからどっちがどうとか女の子特有の第三者を巻き込む泥沼戦にはもつれないで。


「当然だ。お前が可愛いならも可愛い事になる」

「どういう意味よ!!?」


 無理かもしれない。


 調子を崩される所だった彼女は、それでも何とか下ろしていたリュックサックを足元に置いた。その乱暴さは最早捨てたと表してもいい。道の真ん中で。

 確かに朝型のお年寄りしか住んでいないこの辺りなら、交通量は既に無いようなものではあるけれど。


「まあいいわ。ここで会ったが百年目よ。一番合戦」


 彼女は下ろしたリュックサックを、邪魔臭そうに蹴っ飛ばす。

 重いのでへこんだだけで動いていないが、もう彼女の表情は冗談を飛ばすようなものではなかった。


 真剣。


 本気そのもの。


 動きに気を取られてそこまで集中して聞いていた訳ではなかったが、今し方の言葉から、既にその雰囲気が滲んでいたのを思い出す。


 いや、思い知らされたと言うべきか。


 どんなに締まらない、どんなに周りを省みない行為の前でも、霞みはしないその意気を。


 決闘に向かう武士のような、ただ強い光を灯すその目を。  


「まさかこんな所で会うとは思ってなかったけれど……。まあいいでしょう。勝負に準備なんて必要無い。今日こそ、今ここで、思い知らせてみせる。真の常時帯刀許可最年少記録保持者とは、真の炎刀えんとう使いとは、この赤嶺あかみね苧環おだまき、ただ一人だとこの世にね」


 陽を浴びて燃えるが、ゆっくりと放たれる。


 そこに映る彼女の目は、炎より熱い。

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