破落戸組


 枝野組ぐらい古く、沢山の傘下を抱える組だ。


 超実力主義体制が特徴で、組に属する全ての家が番付されており、古い家であろうと腕が落ちれば容赦無く順位が下がる。組の質を上げる為に競争を生み出し、封建的になりがちな鬼討の体質を嘲笑うかのような、現代的な組織運営だ。

 だけならまだ他の組でもある話だが、長である赤嶺もその番付に入っているのが恐ろしい。一位から転落すればその瞬間から、長も降りて組の名前も変わるという、まあ不安定と言うか厳しい事この上無い仕組みなのだ。現に歴史ある組でありながら、何度か長の名が変わっている時期がある。

 また最強の座にのし上がって取り戻せばいいのだが、その番付は何を基準に決められているのかと言うと、鬼討としての日々の仕事ぶり、ではなく、剣の腕。

 兎に角強い者が上に立つ。仕事が無い平穏な日でも、位を賭けた決闘が日常的に繰り広げられており、いつか付いた渾名は『破落戸ごろつき組』。野伏のぶしから始まっている赤嶺家の影響か、傘下も血気盛んな家が集っている。

 今や名家と名を馳せようと、粗野な性分は変わらないとそしられる事もある赤嶺家だが、同時に優れた炎刀型の神刀を生み出す家としても有名で、炎刀えんとう使いにとっては憧れの的だ。仕事のやり方も柔軟で、 古い家には珍しく、誉れだと国からの依頼にも積極的に応じており、お役人の鬼討には、赤嶺組出身者が多いとか。


「嫌味ったらしい紹介してくれてんじゃないわよ」


 腕を組み直しながら言った一番合戦さんに、覚醒した彼女は捨てるように僕の手を離す。そして一番合戦さんに近付くと、腕を組んで睨み付けた。


「大体、こんな田舎で暇してるあんたに言われたかないわ。そもそもほっつき歩いてもないから」

「じゃあ何してるんだ」


 暑苦しいと言わんばかりに、顔の横で虫でも払うような手付きをする一番合戦さん。


「修行よ」


 彼女は腰に両手を当て、胸を反らすと得意げに言った。


「赤嶺の名を背負うに、相応しい鬼討になる為のね。ここには例の、炎刀殺えんとうごろしの大狐おおぎつねが入ったって聞いたから、そいつをぶった斬りに来たのよ」

「……大狐おおぎつね?」


 眉を曲げた僕と同じく、一番合戦さんは訝しむ。


「いつから生きてるかも分からない化け狐よ。何にでも化けるわ、影から影へ好き勝手移動するわ、おまけに火が効かない事から『炎刀殺し』。元は恐らく管狐くだぎつねとか、あの系統の狐の使い魔よ。あっちこっちで暴れ回って、たちが悪いって有名……って待って知らないの?」


 それって、あの人狐の事じゃ。


「いや……。今思い出した」


 苦い顔をした一番合戦さんは、制するように片手を挙げた。

 その表情は無意識なのか、意識しての事なのだろうか。顔に出やすいから後者だと思う。


 呆れた彼女は、また腰に両手を当て直す。


「全く。あんたって仙人みたいよね。常時帯刀者ならお上が出してる手配書ぐらい、把握しておきなさい。数年前この辺りに入り込んだって噂を聞いたんだけれど、何か知ってる?」

「去年また入って来て、その時退治したよ。だから、もういない」


 もういない。


 そう言った一番合戦さんの声は、どこか重くてひんやりしていた。


「倒した?」


 目を丸くする彼女。


「ああ。秋ぐらいにな」


 持ち直した一番合戦さんは、冷静に答える。


「何か証拠は残してる? 毛とか爪とか」

「いや、もう綺麗に片付いてしまって」

「はあもったいな!? あれの討伐報酬幾らか知ってる!?」


 余りに凶悪だったり危険な百鬼には国が懸賞金をかけており、退治した報告を上げれば報酬が貰える。人間で言う所の指名手配犯みたいなもので、目撃情報も日々求められているとか。

  尤も、そこまで危険な百鬼の対応は護国衆ごこくしゅうの仕事となるので、積極的にそれらを狙う鬼討は腕利きに限られる。体質的に、国には積極的に協力しないのも鬼討だし。今時腕試しにそういう百鬼を追う鬼討なんて、いなくなったと思っていたが……。


 至近距離で大きな声を出され、煩げに半分顔を逸らす一番合戦さん。


「……だから、お上の知らせは把握してない。国の仕事は護国衆が当たるんだから、勝手にやらせとけ。向こうの怠慢に付き合う気は無いし、そんな大金を貰っても始末に困る」

「バッカ金じゃないわよ!」


 一番合戦さんの冷めた態度に、彼女は一番合戦さんの肩をバシッと叩いた。


「何で武功を上げたって知らしめないのって言ってんの! 強い百鬼を倒して名を上げる! 鬼討の誉れじゃない!」

「赤嶺組の気風が全鬼討共通と思うな……。まあ、分からなくはないが。あと叩くな」

「ぶん殴った奴に言われたかないわよ」


 それもご尤も。


 まあ悪びれる様子は無い彼女に、一番合戦さんもそこまで本気で言った訳ではなかったのか、特に追及もせず話を戻す。


「まあそういう事だから、ここにお前の用は無いよ。早く帰れ暑苦しい」

「え? 無くなってなんかないでしょ? あんたがその大狐おおぎつね倒したのよね? じゃああんたを倒せば、その大狐も倒した事になるじゃない」

「…………」


 常識みたいに言った彼女に、一番合戦さんは酷くもどかしそうな顔をして俯いた。

 何で分かってくれないのかと、それはもう苦しげに。ていうかめちゃくちゃ面倒臭そうに。


 それに気付いてない彼女は、また得意げに腕を組む。

 どうやら彼女も一番合戦さんと同じく、腕を組む癖があるらしい。


「ふふん。いずれあんたとは決着を着けなきゃいけないとは思ってたからね。丁度いいわ。空いてる日を言いなさい。決闘よ」

「するか。大体お前、学校はどうした? まだ終業式は終わってないだろ?」

「期末テスト終わったら行く意味無いでしょ。時間の無駄」

「…………」


 テストは終わっても出席日数には大きく関わる。だから僕らもこうして登校してる。

 けろっと言い放つ彼女に一番合戦さんは、また難しい顔で俯いてしまった。


「あの……」


 落ち着いたと見ていいのだろうか。


 緊張感は消えたので、僕は恐る恐る口を開く。


「二人は、えっと、お友達で……?」

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