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朝は繰り返す

 夜が明けて、僕は学校に来ていた。


 半分百鬼になっても人間ではあるし、学生は学生である。


 影に潜む元ブラックドッグに、散歩に行きたいと朝から吠えられてしまった為、夜更かしが祟って遅刻所か、いつもより早起きで余裕の登校だ。

 散歩と言っても影から出て来れないから、僕が足となって町を徘徊するというよく分からない奇妙なもので、お陰で四時間ぐらいしか寝ていない。


 そんな僕よりも一番合戦さんは、信じられない事に先に教室にいた。

 朝型なのは元々なのかもしれない。怪我とか大丈夫なのだろうか。


「まあ鍛えてるからな。鬼討だし」


 けろっと言うけれど鍛えたからって回復力は凄まじくならないし、鬼討に至っては最早関係無い。仮に傷は塞がっても失った血はそんなに早く補填されないだろう。どうなってるんだ。


 そう言う僕も焚虎たけとらを触って火傷を受けたけれど、跡形も無く治っている。治ると言うか消えたと言っていいぐらい完璧に。

 あれから家に帰る途中に気付いて、影から元ブラックドッグに話しかけてみると、治したのではなく殺したと言われた。


 ブラックドッグは、死を告げに現れる百鬼。それまで移動の為にしか使っていなかった、親である死神の力を、主人が僕に変わった事によるジョブチェンジで身体能力に回し、今は攻撃的な百鬼となっている。死なれては困るので、反抗しようと死神の力を使ったと。犬は主人を守るものだし、仕事は伝書鳩とは言え親が死神なら、死と真逆の行為である回復は出来なくても、損傷を殺すぐらいは出来るとか。

 損傷を殺す。言い換えればダメージを殺すという事で、回復ではなく元に戻したのだと。与えられたマイナスにマイナスをぶつけてプラスにし、プラスマイナスをゼロにしただけ。回復とは違う。相殺と言えばいいのだろうか。

 何でも相殺出来る訳では無いので、気を付けろと言われた。

 火のイメージから発現する炎刀型えんとうがたは、祓う力が強いものが多いので特に注意と。相殺出来る範囲にも限界がある。


 一番合戦さんに話すと頭を抱えていた。


 新種の百鬼は本当に存在が謎で、どこから手を付けていいのか分からない。生み出した僕がまだよく分かっていないのだから、一番合戦さんとなればもうお手上げだろう。


 これから僕は、退治に値しない百鬼であると、世間に証明し続けなければならない。


 百鬼と言っても千差万別。十把一絡げに退治すればいいというものではない。ものによっては使い魔のように友好的な百鬼もいて、共存している場合もある。座敷童ざしきわらしを退治しようする人なんていないのと同じ事。

 そもそも神と百鬼とは同じもので、人間にマイナスなのが百鬼、プラスなのが神と勝手に呼び分けているだけで、神が百鬼に落ちる事も、百鬼が人々に祀られ、神に成り上がる事もごまんとあるのだ。

 これから僕は一番合戦さんの仕事を手伝って、友好的な百鬼である事を証明していく。朝一番に一番合戦さんと話し合って決めた、これからの方針だ。

 あくまで専門家達への証明であって、無闇に自分が半百鬼である事を言い触らす理由も無いから、周囲には取り敢えず伏せておく。


 最後に僕の前歴を、一番合戦さんに話した。


 鬼討だった事とか、先輩の事とか。


 話し終えると一番合戦さんは、やおら右手で左の拳を包み、指の関節をバキンと鳴らした。


「ちょっとその古参共ぶん殴ってくるから住所教え」

「コンビニ行ってくるみたいな気軽さで言わないで!?」


 言葉の軽さの割に表情は剣幕でめちゃくちゃ怖い。


 この子目で人を殺せるよ。これヤンキーじゃなくて本物の眼光だもん。五〇近い家が集う歴戦の鬼討達に拳で語ろうとしてるもん。


「コンビニ? 馬鹿を言うな。そんな気軽さで誰が本物の喧嘩に行く」

「末が最悪だから! せっかく追放で済んだのに追い出された先からそんなの送り込んだら、いよいよ打ち首になっちゃうよ!」

「私欲にまみれた烏合の衆め。焚虎たけとらを使わないだけ有り難いと思え。……あっちか」

「聞いて!? て言うかどこ行くの!?」


 地名がバレないよう固有名詞を出さずに話した筈だが、すたすたと教室を後にする一番合戦さん。慌てて腕を掴むと引き止める。

 顔とか首の絆創膏や包帯やらが、無駄に武士感を助長していた。何でその程度の処置で間に合ってるのそれも怖いよ。


「冗談だ。筋の通った喧嘩に得物は使わない」

「そこが冗談なんだ!? 全てではなく!」

「普通にその古参組が悪いだろ。事がそんなに大きくなったのは」


 教室に戻った一番合戦さんは、不満そうに言った。


「その先輩とやらが辟易するのも分かる。鬼討の本分を忘れ、仲間を疑い合った挙げ句襲うなど……。妙に息が長いと、皆そうやって目的を見失う。そうなる前から組織として、お前達の組は歪んで来ていたんじゃないのか? その皺寄せが、最悪の形で現れた。悪い事は重なると言うがまあ……。遣り切れないぞ」

「それはまあ……。いやでも暴力は駄目だって」

「暴力的な解決をさせたのにか? お前の家を潰して追放なんて。と言うかこんなもの腹癒せで、何の解決にもなってない。ただの嫉妬だ」

「嫉妬?」

「先輩とコンビを組んでいたお前に対するだよ。周りがごちゃごちゃ言ってこようと、結局降板させられた事は一度も無かったんだろう? それはつまり、お前は先輩を守るに相応しい力を持っていた証だ。お前しかその座は務まらなかった証明だ。謙遜するんじゃなくて、冷静に考えろ。天才とは言えたった一人の跡継ぎだぞ? 不足していたなら当代がとっくに下ろしてる。先輩はそれを分かっていたから、お前に何も言わず行ってしまったんだと思うぞ。言ったら絶対に付いて来ただろうし、ナンバーツーであるお前まで失うと、組の戦力が大幅に削られてしまう。どこまでも組の将来を見据えた勇断だ。先輩は正しいし、お前も気に病む事ではないよ。そもそもその百鬼はその方法でしか倒せなかった。お前に恨まれる覚悟くらい、出来た上で動いた筈だ」

「でも……」


 僕の言葉を遮るように、一番合戦さんは続けた。

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