03
虎の目玉
すっかり戦闘モードに入っていた豊住さんは、ちょっと残念そうに微笑んだ。
「……お陰様で。早かったね」
然し一番合戦さんは、
「……まあ、後の祭りだからな」
そう不愉快そうに零すと、豊住さんが転がり出てきた竹林に入って行った。
どうやら一番合戦さんは僕には気付いてないみたいで、置いていくのはまずいと思ったんだろう。豊住さんは一瞬躊躇った後、促すような目を僕に投げて一番合戦さんに追従する。
僕も豊住さんに従う形で一番合戦さんを追うと、一番合戦さんは餓者髑髏に荒らされず、藪として形を保っていた奥の方で、足元を見るように片膝を着いていた。
見える前に袖をつまんで引き止めようとしてくれた豊住さんだったが、先に気付いてしまった僕は、その気遣いを無駄にしてしまう。
「全く酷たらしい真似を……。今日だけで三件目だ」
一番合戦さんの足元に、猫が一匹倒れていた。
恐らく野良だがそんな事はどうでもよくて、お腹に掌ぐらいの、黒い穴が空いて死んでいる。
驚いた僕は、思わず声を漏らした。
「えっ……」
「!?」
僕の声に反応した一番合戦さんは、即座に柄に手をかけながら振り返る。
「う、ん、九鬼!?」
「……さっきからいたよ。気付かなかった?」
反射的に僕を庇うように前に出た豊住さんは、手を下ろしながら嘆息した。
びっくりした。息所か心臓が止まる所だった。あんなのに斬られたら死ぬ。
「一番合戦さんが来てくれる少し前に、餓者髑髏から私を助けてくれたんだよ」
「そうなのか!? いや悪い……。てっきり討ち損ねたのかと……」
柄から手を離しながら、一番合戦さんは胸を撫で下ろす。
「き、気にしないで? 暗いし仕方ないよ。声かけなかった僕も悪かったし……」
「いや申し訳無い……。まさか恩人を百鬼と間違うなど……。て言うかさっき豊住しかいないと思って結構乱暴に斬ってしまったが、火傷はしてないか!?」
「だっ大丈夫大丈夫」
余程ショックだったのかと思っていると、今度は慌てて近付いてくる。
……何だか一番合戦さん、今朝よりちょっと神経質になってる? 朝話した時は大らかと言うか、泰然としてたけれど。
それを察しているのかいないのか、豊住さんも宥めるように笑った。
「まあ鬼討同士しかいないと思ってたらしょうがないよ。 私もさっき会ってびっくりしたし」
「ああ。いないと思ったら勾配に
悪意は無いが無神経な一番合戦さん。
「余計な事は言わなくて宜しい」
案の定睨まれている。
「?」
何で怖い顔をされているのか分かってない。
一番合戦さんは天然らしい。ドジと言うより厄介な方な。気を付けよう。
「て言うかお前、何で英語の教科書持って出歩いてるんだ?
まずい火の粉が。
「ふ、二人は鬼討だったんだね。こんな所で何してるの?」
「仕事」
ですよね。
「最近連続発生してる、動物の変な死骸を調べてるの」
助け舟を出してくれた豊住さんを、今度は一番合戦さんが睨む。
「おい」
怖い。お目玉って一番合戦さんの事か。
「乗りかかった舟だよ。助けて貰ったんだし、有耶無耶のまま帰しても不義理でしょうに」
一番合戦さんは義理という言葉が効いたのか、「それはまあ……」と弱った声を漏らす。確かにそういう所は堅そうな人だ。
その隙を逃さず、豊住さんは話し出した。
「ああやって、身体のどこかに黒い穴を残して死ぬ動物の死骸が、最近この辺りでよく発見されてね。穴以外一切の傷は無く、胃を調べても空っぽだから、何か変なものを食べさせられて死んだようでもないみたいで、気味が悪いよねって一番合戦さんに相談が入ったの」
「……変な人の悪戯じゃなくて?」
「人間の手口じゃないんだよね」
豊住さんから、穏やかな空気が消える。
「確かに動物虐待は重大な犯罪に繋がる事があるから、まずは警察に行くべきと思う九鬼くんの判断は正しいけれど、どうかな。中からお腹を突き破った出口はあるのに、入り口らしい穴は一つも無くて、体内は食い荒らされたように内臓が無茶苦茶になっていて死因が明らかにそれだったら、人の仕業って考えるかな。非情な行いという意味では無く、人間に可能か不可能かという方法として。今回は猫だったけれど、今朝は亀だったんだっけ?」
多分僕への配慮だろう。無駄に不快感や恐怖を与えないよう、事務的に話していた豊住さんは、ぱっと声音を戻して一番合戦さんを見た。
「……ペットのアカミミガメだな。大きなやつで、三〇センチぐらい。飼い主が一人暮らしのお婆さんで、電話先であんまり憔悴してたから、早退して飛んでったやつ。穴は甲羅に空いてた」
「そんな硬いものも貫けるって、いよいよ怪しいでしょ」
豊住さんは、一番合戦さんに向けていた顔を僕に戻す。
彼女はエスパーなのだろうか。
持ち物から忘れ物を取りに行った帰りとか、『変な人』と曖昧な表現をした言葉の真意や僕の胸中を、今の一言だけで見抜いてみせるなんて。
「別にその亀の件は、家主が一人暮らしのお婆さんをいい事に入った泥棒が、ついでに殺していった話でもないみたいだし。そういう事が出来る百鬼も偶然いる訳だから、そう考えた方が解決に近いだろうってこちらに」
「……蛇か狐」
「ん?」
「ああ、いや。何でもない」
まずいまずい。
「兎に角。そういう事だ」
打ち切るように一番合戦さんは言うと、腕を組んだまま道路へ歩き出した。
「危ないから早く帰れ。家まで送る」
「え!? いやそんなだいじょ」
「送る」
「あっ……はい」
めちゃ怖い。
この虎のような眼光に、逆らえる人はクラスにいるのか。
そして一番合戦さんは一旦足を止めると、ビビる僕越しに豊住さんを睨む。
「……喋り過ぎだぞ」
その眼光に手心は無かったが、それでも豊住さんは動じず微笑んだ。
「……そうだね。気を付けるよ」
どうなってるんだ。彼女の心臓。
「じゃ、何かあったら連絡してくれ」
一番合戦さんはそう豊住さんに言い残すと先に道路に出てしまったので、僕は慌てて後を追った。
歩くのが早い。
場所知らないよね?
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