02
立ち入るが盗みはやらず
「あれ?」
帰宅後。
晩ごはんを食べ終えて、勉強しようと自室で鞄を開けると気付く。
英語の教科書が無い。
明日小テストがあるのに。だから勉強しようと鞄を開けたのに。
幸いノートはあるけれど、苦手科目をこれだけで乗り切るには心細い。今日初めてここでの授業を受けたから一ページちょっとしか使ってないし、ほぼ未使用状態だ。完全に戦力外。学校に置いてきちゃったのかな?
帰り支度の詳細なんて覚えてない……。右も左も分からない上予想以上に沢山の人が見物に来たものだから、圧倒されたとしか今日の印象が無い。
……無論一番のインパクトは、一番だけに彼女だったが。確認しに行ってみる?
時刻は午後九時。ううむ。
もしこんな時間に出入りした所を見つかったら、先生に怒られる。転校初日から深夜の学校に侵入してお説教なんて受けたくないし、クラスでの僕のイメージも壊滅的な仕上がりとなってしまうだろう。初日という事もあって折角好感触だったのに、こんな理由で自爆なんかしたくない。
ちやほやはされても友達はまだ一人も出来てないし……。一番合戦さんも友人としてではなくあくまで案内役という立場だったから、仕事抜きの付き合いはまだしていないし。今日のお昼はクラスのみんなが一緒に食べようと言ってくれて、何とか一人にならずに済んだけど。授業中のグループワークもそんな感じで。
グループとか本当に勘弁して欲しい……。もたもたしていたらコミュニケーション能力が低い奴、ぽつんとしていたらそもそも友達がいないのを晒すようなものじゃないか。孤高を貫ける程強くもない。
こういう時、マイペースな人が本当に羨ましくなる。周りと違う事を苦に思っていない所か、そもそも周りが眼中に無いぐらいのあの自由度。
友達がいないのを隠そうと虚勢を張っているのとは違う、単純に一人である事を全く気にしてないあの余裕。いいなあ。
新学期にしても新天地にしても、真の戦いとは二日目以降からだ。今度は僕から動かなければならない。
一〇月という中途半端な時期、既に派閥や力関係が出来上がっているコミュニティーの中へ、一人で斬り込んでいかなければならないのだ。
その初陣である二日目を、深夜に校内に侵入しお説教を受けたなんてニュースで飾れば、もうこのクラスでは友達が出来ないと思った方がいいだろう。
貫ける強さなど無い孤高、痛いぼっちになるしかない。
中途半端な時期に越して来た僕の為に、テストが延期になる程教育課程も優しくないし。
出来ようが出来まいが置いて行くのが教育現場。愚か者は留年の道を歩むだけの無慈悲な戦場を生き残るには、矢張り勉強をするしかないのだ。
いや学生が勉強なんて当たり前の事なんだけれど、実際授業時間が足りていないので、先生も生徒一人一人を見ている余裕なんて無いのである。
個人差が出ていると分かっていようが、決められた範囲まで授業を進めるしかない。まあ生徒からすれば、そんな大人の都合なんて知らないけれど。
実際置いてかれている人は必ずいるし、塾に行ったりして補ってる。というか転校の理由と言い英語の勉強が出来ない現状と言い、この場合は完全なる僕の自業自得なので、社会を恨める立場なんて無いのだが。気取っている場合ではない。
でももし見つかったら。学校の先生ってすごい忙しくて大変だから、結構遅くまで残業をしている先生も少なくない。九時ぐらいまだ残っている可能性なんて多分にある。うーん……。
机上の電波時計を見たまま、暫く考えると決断する。
……行ってすぐ戻るだけ。
上着を羽織ると、小走りに家を飛び出した。
幸い学校までは徒歩二〇分強。残業の先生も引き上げているらしく、校舎は真っ暗だった。
まずは校舎の周りを一周して、全ての窓に明かりがついていない事を確認すると、正門をよじ登る。
最初の壁である玄関のシャッターの鍵は、ポケットに入れておいたヘアピンでピッキング。得意な方なのでスパイ映画並みの速度で開けられた。
これが上手くいけばもう安心だ。玄関に入り職員室にお邪魔して、教室の鍵を拝借すると、きちんと鍵を使って開錠する。極力確実な方法でいきたいので。
机の中を覗いてみると寂し気に、ぽつんと英語の教科書が置き去りになっていた。
小さくガッツポーズ。これで無かったらどうしようと気が気でなかった。
後はちゃんと鍵を使って戸締りをし、来た道を戻るだけ。
玄関を使わずとも中庭を通れば、シャッターに阻まれる事無く帰れる事を道中で知り、先にシャッターを閉めた後、職員室に鍵を返す。
正門から丁寧に侵入する事もなかったと後から気付いて、一番近い塀を乗り越え離脱した。
うん。完璧。
鍵をかけ忘れた部屋は無いし、鍵だって全部返却してある。
校舎に入る時は靴も脱いでいるし、土足で歩き回るなんて失礼な事もしていない。足跡だって残してないし。
お邪魔しました。
久し振りだったしピッキングの腕が落ちていないか心配だったが、退役したとは言えまだまだ大丈夫そうだ。懐中電灯が要らない程夜目が利いていると分かった時点で、これぐらいをこなすのに、現役時代の残滓は十分に残っている。
いやいや、辞めてから遅くに出歩くなんて久し振りだったけれど、上々だ。
僕は胸を撫で下ろしながら、戦利品である英語の教科書を見つめた。
ふう。
あーよかったあそこにあって……。侵入ぐらい造作も無いけれど、人がいないからこそのスムーズさだった。いたならいたで素直に忘れ物を取りにきましたと言えばいいのだけれど……。まあ兎に角、あってよかった。初日から忘れ物なんてどうしようもないがまあそこは、テストの結果で挽回するという事で。
わざわざ丁寧に正面から侵入したのは、先輩の影響だな。「こそこそ裏口から入るより、正面からバレないように入った方が危険を見逃さないから慢心しない」。隠密行動で正面突破って、矛盾を感じずにはいられないが。
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