ADHD

「今困っていることは.......」

普通に話したいのに、うまく話せない。潰れた声しか出せない。

「朝起きられなくて授業に出席できないことと、課題を期日までに出せないことです」

言葉につまりながらもなんとか伝える。ADHDであることが判明してから半年。そういえばうちの学校には発達障害を持つ人が学校生活を送る際、サポートを受けられる仕組みがあったはずだと思い出し、学科の事務の人に相談しにいった。学生センターやカウンセリングセンターを通して話を進めていくらしいのだが、「とりあえず学科長と話しておきますか」と提案してもらったので、厚意に甘えてそうさせてもらったのだった。

ああ、自分は自分で思っていた以上に追い詰められていたんだなあと思いながら、右目から涙が落ち続けて行くのを止められなかった。朝起きれないとか、期日を守れないとか、ただそれだけ聞いたら怠けているだけのだらしない奴だと思われてしまうことを話すのは悲しかった。自分はやっぱりダメな奴なんだと思ってしまう。発達障害だとわかった時は「自分が色々なことをうまくできないのは病気だったからなんだ」と本当に救われたような気分になったのを覚えているが、そのあとも無意識のうちに自分のことを責め続けていたんだと、今になって気がつく。

学科長はわかりました、と小さく言って、これからの対応について色々と話してくれた。話の中で学科長が言った「病気なんだから、仕方ない」の言葉が沁みた。自分が一番、自分のことを許していなかったみたいだ。私が想像していたよりも手厚いサポートをしてくれることがわかり、それがまた嬉しくて、でもやっぱり情けなくて、ぐちゃぐちゃな気持ちはどうしようもなかった。



*****


「いい加減に部屋片付けなさいよ!」

怒声で目が醒める。休日。母親が私の布団に向かって怒鳴る朝。

「何回言ったらやるわけ?忘れるなら言われてすぐにやればいいでしょ?どうしてそんなこともできないかな?」


ドウシテソンナコトモデキナイカナ。


今まで何回も何回も自分自身に問いかけた言葉。どうしてできないんだろう。あなたに言われるまでもない。自分が自分自身に投げつけ続けているその言葉を母の口から聞いた瞬間、目覚めた直後の朦朧とした頭は強制的に覚醒させられ、目の奥が熱くなった。布団の中に横たわったまま、目の横に涙がこぼれ続ける。あーあ、1時間後には友達と会うから、すぐ準備して出かけないとなのに、なんて考えている間も涙は止まらなかった。


私の心の内なんて全く知らない母親が投げつける容赦ない言葉たち。わかっている。普通の人たちにとって、何回注意しても改善されない様子を見るのはストレスだ。自分の注意の言葉が無視されたように感ぜられるのだから。まさか、注意された側がそうしたいのにできなくて苦しんでいるなんて、そんなことは万が一にも想定されない。だって部屋を片付ければいいだけの話だもの。それだけのことを何回言われてもできない私が悪い。客観的に見て、悪いのは私。何回言っても聞いてもらえず傷ついているのは母。


私だって、綺麗に片付いた部屋の方が好きだ。やらなくちゃ、部屋を片付けなくちゃって、ずっと思っている。家にいる間中思っているといっても過言ではない。帰宅して汚い部屋を見る度に、朝起きて自分の部屋を見る度に、片付けなくちゃと思う。そんな家にいるのがちょっとしんどいから、できるだけ家にいる時間を短くしようと頑張って出かけまくる。学校の図書館に入り浸る。間違った方向への努力だってわかっているのに、片付ければそれで済むことなのに、それでもやめられない。


先のばしは本当にやっかいな症状だ。症状というか、特徴というか。鍵も定期も財布もよく忘れるし、朝起きれないし、どんなに眠ったとしても日中絶対に眠ってしまうし、本当に困ることばっかりだけれども、その中でも最もしんどいのはこの先のばしだ。毎回さまざまな締め切りを目の前にして激しい自己嫌悪になる。どうしてもっと早く始めなかったのか。次こそはちゃんとやるんだ、と本気の決意をしたとしても、また同じことを繰り返す。ADHDの特徴だとわかってからはいくらかマシになったが、そうと知る前は自分のダメさに毎回打ちひしがれていた。最近はもう自分の性質だからとうまく付き合っていこうと思っていたのだが、こうして周りの人に理解してもらえずに怒られると、またくじけそうになる。しかも母は、私がADHDであることを知っている。具体的な症状についてもある程度は知っているはずなのに、まさに今それが原因で部屋を片付けていないとは思っていないようだ。母は悪くない。想像力が及ばないのは誰のせいでもない。なんなら、きちんと説明しない私が悪い。しかし、ある程度知っている人でこれなら、知らない人にとって私はどれだけダメな奴に映るんだろうと考えると、これから先のことが本当に不安に思われた。



しぼんだ気持ちをなんとか奮い立たせて出かける準備をした。友達との約束の時間がせまっていた。怒鳴られた手前、遠慮がちにいってきますと呟いて家を出ようとすると

「片付けはいつするの?」

と声をかけられる。

「火曜日までにやらなきゃいけない課題があるから……」

「じゃあ水曜日、やってね」

もう怒っている様子ではなかったけれども、突如出現した「締め切り」にまた恐怖を感じる。もう先のばしはしないぞ、といくら気合いを入れたって、何回決意したって全然だめだったんだ。水曜日、また苦しむことになるんだろうなと思いながら、はい、と力なく答えて家を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れたくないもの @wreck1214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る