欠落女

@yuzukikai

第1話美魔女と電話占い

「先生、この前銀行に行ったら応接室で出されたコーヒーが凄く不味くて、お金を払って買いに行かせたのよぉ」

いつもより声のトーンを落とし、少しゆっくりと、でも太い声で言った。

「さすがですねぇ」電話越しの男は気持ち良い返答をくれる。

気が付くと初めてかけた全国系電話占いの鑑定時間は47分を過ぎようとしていた。

占いとしての相談は10分弱程度で、あとは今日ランチをしたお店で聞こえてきた女性の会話を丸写ししながら話した。


彼女は今私が話す声のように、ゆっくりと、でも少し太い声で、

近所に住む大物女優がどれだけ礼儀正しいか、今付き合っている男がまだまだ未熟でどれほど心配か、前の旦那にどれだけお金の工面をしてやったかを話していた。

聞こえてくるうちにチラ、チラと彼女を盗み見していた。

彼女は40歳手前な印象に見えたが、それは周りにいた友人らしき女性達がそう見えただけで、

彼女自身は青臭い若さこそないが美魔女とはこのことだと納得する美しい女性だった。

私が盗み見をするように、周りの客もチラチラ目を動かしたり聞き耳をたててるように見えた。

 地方から遊びに来た友人に思いきりの見栄をはり、普段行くことなどないお洒落でそれでいて落ち着いている少し値が張るお店を、雑誌からスマホからフル活用して決めたお店でその女性は特別な存在感を放っていた。


「洋子と会うのは高校卒業以来だから8年ぶりかぁ」

心ここにあらずだった私に気づいたのか、恵美子は少し声を大きめに話しかけてきた。

「電話では話してたけどね」少し気まずそうに答えると、電話も最近はしてないじゃんともっと大きな声で返して来た。

「今もコンビニで働いてるの?」今度は少し小さな声で聞いて来た。

うん、と答えると恵美子はそっかぁと料理に目を向けた。

東京にいてなんか意味あるの?コンビニなら地元でもできるじゃん。恵美子が地元の子と笑う姿が目に浮かんだ。

急に恥ずかしくなった。全力で見栄を張ってこのお店を選んでも、何もかも見透かされてる気がした。


「彼が明日銀行に行くんだけど下手したてに出ちゃうからついて行くのよぉ。下手に出ちゃダメって言ってんのに何度言ってもだめでぇ」

美魔女が笑っていた。





 アパートに帰ってからも8年ぶりに会った友人の見透かした目が頭から離れなかった。

会話はそれほどしていないのに、何もかも知られた気がした。

好きでもない彼氏がいるがそいつが冴えない男だということも、

東京に出てきて8年になるのに友達と呼べる子は律子一人だということも、

コンビニで働くだけじゃ食べていけず、未だに親に仕送りしてもらってることも。

どれも知られている気がして息が苦しくなり、心がそわそわした。

きっと笑われてる。

きっと今日お店にいた美魔女なら、こんな思いもしないのだろう。

落ちつかなきゃ。


スマホをいじりネットを見て、なんとか気持ちを切り替えようとしていたら占いサイトを見つけた。

私はずっとこのままなのでしょうか?

それは心からの悲鳴のような質問だった。



気が付くと、サイトに入りクレジットカードの登録など一切の手続きを終わらせていた。

初回30分無料のサービスが有り、「すぐに鑑定可能」と書かれている男性占い師に入った。

電話の向こうからおっとりとした声で、もしもしーと聞こえた瞬間、私は声のトーンを落とし、今日いた美魔女のように話し始めた。と言うよりも美魔女になりきっていた。

相談内容も「彼との今後」とざっくりしたもので、その後はとにかく美魔女が話していた言葉が次々に私の口から溢れていた。

何から何までなりきり、今いる自分の1DKの小さな部屋さえ見えなくなっていた。

何も怖いものがない感覚は初めてだった。


ふと時計を見ると鑑定を始めてから1時間半が経とうとしていた。思わず慌てたが、最後までなりきった。

「先生、明日は早くから銀行なの。彼が銀行相手だと下手に出るからついてくのよぉ。

それじゃあダメだと何度も言ってるんだけど、銀行の扱いがわかってないのよねぇ。だから、そろそろ。でも私、あなた気に入ったわ。またかけるわね」

占い師は、またお待ちしております。有難うございました。と丁寧に鑑定を終わらせた。


鑑定料金を計算したら12,000円だった。

それでも私を高揚感が包んでくれた。

気持ちが良かった。

気分が良かった。

そこからだった。何かが欠落していったのは。始まりだった。

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