愛しのべスの物語

@ichiuuu

第1話ベスイズツンデレ

【愛しのベスの物語】


 コンコン コン

 ここは華やかな宮城の、とある一室のドアの前。鏡の間を通り抜けてきたこちらでは、金色の廊下がつやつやと光っています。

――先ほどからノックの音が鳴り響いています。そのたび、

「誰だ」

「偉大なるスぺリオール帝国女王だ」

「……そんな者は知らぬ!」

 との問答があり、そうして決まってこの眼前のチョコレート色のドアは開いてくれないのです。

これは一大事です。われらが偉大な女王ベスが、世界で初めて七海を制覇した偉大なる帝国の女王が、夫君であるアルバート公の立てこもる部屋のドアを開けられずにいるなんて。

これを読まれる方々には、無用な説明ではありましょうが、それでも我らが女王ベスの偉大なる功績については述べなくてはならないでしょうね。われらがエリザベス女王は、卓越した政治的手腕と知性で、数多の国を従え、支配地との貿易でわが国を繁栄させた、まさに女王の中の女王と言えましょう。わがスぺリオールの支配地は全世界のあちこちに存在し、海軍の軍備も増強させ、海上の覇権第一位の座も、ライバルのエスパニーラから強奪しました。他国が妬み交じりに称するのは、スぺリオールはスカートを履く最強の帝国である、だとか。スカートのくだりは我らの元首が女王であることを皮肉っているのでしょうが、それの何がいけないのでしょう。国民がそんな皮肉を一蹴するくらい、我らが女王ベスは皆に愛される素晴らしい指導者であるのです。

 ましてそのスカートの主は類まれな美貌の持ち主です。容貌は、犯しがたい威厳と高貴さを持ち合わせた中高の顔立ち。ブルネットのおぐしを高い位置で結え、いつも口元を引きしめて、厳しい顔をしています。

ああ、その通りでしたわね。私の名前を申し忘れておりました。私の名前はキキ、と申しまして、女王の側近、と言えば聞こえはよろしいのですけれど、ええ、侍従長をつとめております。女王とは同年齢で二十年来の付き合いになりましょうから、ベスと私は互いに二十三になる計算ですわね。私は黒髪に黒い眼で、童謡では冷たい子だなんて歌われて、幼少時はいじめられたりしましたが、ベスはそのたびにかばってくれました。

「助けて下さってありがとう」

と幼い私が言うと、同じくまだ愛らしい少女だったベスは

「いや、たまたま誰かを一喝したかったから。それだけだ」

 なんて言ったりして。そのくせ私がいじめられていたら逐一知らせるように、城の者には言いつけていたそうなのです。昔から素直でない、憎めない愛らしい人柄でした。

その私たちの仲のよさを信じて、ここではベスへの敬語尊称を控えますが、どうぞお許し下さいね。

 さてはて、そんな優れた女王の夫はどんな方でしょうな、ですって? さぞや威厳があり、政治においても遺憾なく力を発揮されているのでしょう、って? ほほ、それは残念ながら見当違いというもの。アルバート公は読書がお好きな、やや内向的な、すねたがりひきこもる癖のある、困った男の方ですわ。

トントン トントン

ノックの音がいよいよ小太鼓の如く響いてまいりました。女王もかれこれ三十分、このひきこもりとドア越しに格闘しているのですもの、そりゃあイライラもしますわね。ああ、そうそうお二人のなれそめでしわね。お二人のなれそめは、お城の舞踏会が催された三年前のあの日に遡ります。ご存知のように、わがハンブルン宮殿は、ヨーロピアン大陸でも他の追随を許さぬ程、美しく均整のとれた古城です。白亜の壁にステンドグラスのはめこまれた窓が照り輝き、百キロ先の旅人がこの瞬きを目指してわが国に辿りついた、という伝承もあります。

若くしてその主となったベスは、この運命の夜も退屈そうに舞踏会をハイテーブルより眺めていました。この舞踏会では男の方たちと、ベスとの見合いの顔合わせの意味がありました。お相手は他国のイケメン王子様だとか、妻を失った壮年の王様など多々いらっしゃいました。皆々様身分高く、ベスの相手となりうるにふさわしい、見るもまばゆい方たちばかりでした。

 しかしこの舞踏会に出るまでが大変だったのです。ベスは化粧をさせんとする侍女をひっかき、ねこだましし、巧みに抵抗を示して逃げ回っていました。

「今王位は父から私に移り、自分で言うのもなんだが施政はうまくいっている。国民感情もありがたいことに良いようだ。その私が結婚する意義がどこにある?」

それがベスの言い分でした。しかし、いずれは結婚して御子をなし高貴な血統を残さねばなりますまいし、他国の貴顕と結ばれればその国と関係を深めていけましょう。退位されたとて敬愛する父上様の命と、私をはじめとする侍女たちのひたすらの説得によって、結局ベスはこの夜、結婚相手を見つけることとなったのでした。

そんなこんなで無理やりひっとられてきたベスは、青いダマスク織のドレスを着こなし、この上なく美しい顔で、黒のお仕着せを着てそばに侍る私に言いました。

「なあ、キキよ」

「何ですか、女王陛下。いまさらトイレ、はなしですよ。その隙にお逃げになることは明らか。決して眼を離しはいたしません」

「ふん、いまさら逃げるわけがなかろう。ただ、こう、思うのだ。結婚って何なのだ」

「なんだと申されても」

苦笑する私の顔をじっと見て、ベスの青い瞳がまたたきます。

「私は天から授かった冠をかぶり、この座に座っている。その次は天から授かったこの国を守る為、と言い分をつけられて父上に結婚させられる。私の昔読んだ本では、結婚とは愛する者と生涯を共にするもの、とあったぞ。なのになぜ私は、そんな相手を今宵で見つけなくてはならないのだ?」

ふう。私はこのお話を聞いて思わず息をついてしまいました。

「私の読んだ本では、結婚とは同じ鎖に繋がれることとありましたよ」

「……そうかもしれん。だが同じく罪人になるのなら、惚れて惚れて惚れぬいた男と結ばれたかった」

それに、とベスは続けて。

「私の夫となったからと、変に政治に口を出してこられては困る。今私は海軍力を増強させようとし、支配地との貿易を活性化させ、世にまたとない最強の帝国を作ろうとしているのに。それの邪魔になるような男ならいらんわ」

うーむ。その意見には私も悩んでしまいました。確かにそこここにいらっしゃる殿方はみな、ベスへの愛より強い欲、つまりは王位を獲りたい、その狙いがあることは間違いないのでしょう。視線で大体分かるものです。ベスのこの上なく美しい顔より、その上にある王冠に皆々様眼をこらしておられるのです。

「な? 困っただろう」

「それはそうですわね。でも、あ」

 私は思わず小さく声を漏らしてしまいました。この欲にまみれた舞踏会で一人、壁の花になっている方がいらっしゃる? それこそアルバート公でした。耳のあたりで切りそろえた銀髪が月光を思わせ、お顔立ちも美形揃いの侯爵家の血か、なかなか立派なのですが、なんかこう、地味なのです。

「陛下、あのお方のことですが……」

 良い方そうですが、きっとタイプではありますまいよね、そう言いたかった私の唇が動きをとめ、次にはあんぐりと開きました。振り返るとベスはもう既にそこにいませんでした。舞踏会中の男という男の視線を奪って、彼女はアルバート公を庭園に連れ出していました。

 それからどうしたって? いえ、私はあほらしくてついていかなかったのでよくは知りません。ベスが言うには、無理やりキスをしかけてわがものにしたと、ほくほくしておりました。はあ、とまた溜息が出てしまいます。――想像するにたやすいことでした。青白い月光のもと、「一目惚れしたのだ」そう愛を告白したベスの花のかんばせは、そこいらに咲く庭園のどんな薔薇より美しかったに違いありません。それが受け入れられたということは、おそらく、たがいに一目ぼれだったのだと思います。


――まあ、いくら歴史長けれど侯爵家が王家のたっての求婚を断ることはできません。おかわいそうにアルバート公は、ベスの強権の前に足と意思をくじかれ、言い方は悪いですが<飾り物の>夫の座に座ることになったのです。


 お二人の趣味はてんでばらばらでした。ベスは狩猟が好き、アルバート公は読書がお好き。ついでに言えば性格もまるで違います。ベスは華やかな社交家で、アルバート公は地味でクール。ましてべスは世界一領土を持つ帝国の女王である訳ですから、公の場では夫にへりくだったり、いちゃいちゃは出来ません。

そんな二人がはたしてうまくいくのかって? だから亀裂が走って、アルバート公がひきこもりになってしまわれたではありませんか。


「アルバートよ、私だ。この偉大なるスぺリオールの女王だ。このドアを開けておくれ」

 先ほどからベスが威厳のある、冴え冴えした声音で言うのに、アルバート公はもう返事さえされなくなりました。

「陛下、そろそろ執務に戻りませんと」

 と私が言ってもベスはききません。それどころか余計にベスは熱をこめ。

「お前の愛する女王の命令だ。ここをただちに開けよ! さもなくば日に三度のドア前に置かれる食事を抜くぞ! いいのか!」

 この凄まじい猛攻にも、アルバート公はめげませんでした。まるで氷の部屋かのようにあたりは冷え切って、何の返答も返ってはこないのです。

「でも妙ではございませんか? 普段なら三十八回目のノックでドアをお開けになりますのに」

 私のこの一言に、ベスがうーむと難しい顔をしました。それからややあって。

「ま、まあ、何かあったのかもしれんな」

と、謎のようなセリフを呟いたので、私はぴんときて。

「……女王陛下、さてはあなた何かされましたね」

ベスは普段ならポーカーフェイスの達人であるのに、アルバート公とのことになると途端に表情に出ます。如実に出ます。

「ほら、白状して下さいまし! まさかまた厭がるアルバート公を連れ去って、遠乗りにつれていき散々な目に遭わせたのではありますまいね!?」

「い、いや……違うんだ。今回は外には連れ出していない」

ベスの目が泳ぎっぱなしなのを、私はなおさらいぶかしく思って。

「まさか、あなた様というお方は」

「うむ……」

 ベスはやや苦笑をかみ殺しながら、ぽつり、言いました。

「あいつのビスクドールコレクション、全部トムズ河に捨ててきちゃった」

「それはなりません!!」

私は火のついたように怒りだしました。

「どうしてそのようなことをなさったのです! 妻が夫の人形を捨てたことで離縁になった例など数知らず! それだけはするなとあんなに私熱弁しましたのに」

「だ、だって」

 ベスは苦虫を噛み潰したような表情をして、目線を下げました。

「あいつのコレクションを捨てたら、私ともっと、会ってくれる時間が増えるかと思って……」

「ま! あなた様というお方は……」

 私は半ば呆れて笑ってしまいました。政治の場で見せる冷酷で老獪な女王とは何たる違いでしょう。なんとおバカで愛らしいベスでしょうか。

「では、素直にその気持ちをお伝えになったら?」

と私が提案すると、ベスは頸を振って。

「それは出来ん。私は女王だ。この世界最強の帝国を率いる女王だ。その私がこの世の誰にもへいこらしてはいけないのだ」

「でも、あなた様自身はアルバート公にお会いしたいのでしょう?」

「うん、めちゃくちゃ会いたい」

 はあ。私はまた溜息を重ねました。

「……ならば、お手紙はいかがでしょう? 口に出すことは恥ずかしく、沽券にかかわると御言いなら、せめて一文なりと優しい言葉をかけてさしあげてはいかが」

「ふん、北風と太陽のようだな」

 そう悪態をつきながら、ベスは美しい流れるような文字で、文に次のように書き、ドアの隙間からあちら側に申し送りました。

<早く出てこい>

<出てこないと嫌いになっちゃうぞ>

<またドール捨てるぞ>

「ああ、またそんな事をっ!」

  このベスの居丈高な調子には私も参ってしまいます。たまらずベスに詰問してしまいました。

「どうしてもっとお優しい言葉がかけられないのです? こんな調子では、ますますあなた様を北風の如く思うのに決まっているではありませんか!」

「うっうるさい! 私だって、寂しかったのだ……。あいつは私といるよりドールといた方が楽しいのだ。私は、あいつがそばにいてくれるだけで嬉しいというのに……」 

なのに出てきてくれない。この居丈高で高慢なベスがついに頭を垂れ、俯いてしまいました。絶対ある訳ないけれど、それは雨に打たれた薔薇のような風情で、私は今にも泣きだすかとはらはらしました。そこで私は取り急ぎ。

「では、二人の思い出について語ってみてはいかがでしょう?」

と案を出しました。ベスがゆうるりと顔をあげます。

「思い出、だと?」

「ええ、そうです。お二人で共に過ごした日の、楽しかった思い出を書けば、あちら様も懐かしくなって返信して下さるかもしれません」

「……なるほどな」

 ベスはそれからややあって、白い紙にこう書きました。

<シェーンブリンの泉にもう一度行きたい>

 ま、あ! と私は胸を打たれました。シェーンブリンの泉はこの城から十分ほどのところにある森の中の美しい泉です。その木漏れ日そよぐ岸辺で、二人が仲良く語らっているのを見たことがあります。

「あの日、シェーンブリンの泉では大変楽しげにお見受けしました。あの時は何を話されていたのですか?」

「ふふ、聞きたいか! では話してやろう!」

「は、はあ、お願いします……」

 そして女王はいつもの演説をする調子で話し始めました。

「あの日、一緒にシェーンブリンの泉に行って、二人で岸辺に仲良く並んで座ったのだ。あいつは何やら本を持ってきていた。分厚くて赤い表紙の、なにやら怪しげな本だ。そこで私が訊いたのだ。(何を読んでいるんだ?)と。そしたらあいつはなんと答えたと思う? ○ か× か△ で答えよ」

「記号で答えられる訳ないじゃないですか陛下! 全く、どこまでハイテンションなんです!? ……で、それで、その本の中身は?」

 べスがふふんと自慢げに話しだします。

「あいつが言うのだよ。<これはキーツという名の詩人の詩集だよ。ちょうど僕たちにふさわしいものがある。読んであげよう>と。キキ、お前も分かるだろう? あいつの大変にいい声、分かるだろう?」

「は、はあ……」

 だんだんこのノリについていけなくなってきた私でしたが、そこは敬愛する女王のため、頑張って相槌を打ちました。

「確かに素敵な、お声でしたような……?」

「そうなんだよあいつの声ときたら、低くて甘くてセクシーで! 顔ばかりか声も素晴らしいのだ! それからあいつは詩を読み上げてくれた。(青い青い美しい君の瞳、長い長い美しい君のブルネット、赤い赤いとろけるような君の唇。それをすべて頂きたいと言ったなら、君はさて何というだろうね?)アルバートがそう言ってから、私たちは見つめ合い、そこで初めてキッスを交わしたのだ……!!」

「えー!! その段階でまだキッスしか交わしてなかったんですか! あれは結婚して一年経ったくらいでしたよね」

これにべスは反発する。

「仕方あるまい。あいつはシャイでおくてな男なのだ。夜這いも百回くらいかけにいったが一度もドアを開けてくれなかった。でもおやすみのキスはしてくれたんだぞ」

「……もう」

私があきれ顔で呟くと。

「それにな」

 なおもベスが言葉を紡ぎだしました。

「私があの人形を捨てるまでは、まあ、若干ラブラブだったんだぞ。一緒に朝の散歩をしたり、食事を取ったり、そりゃあ、会話が盛り上がりすぎてあたりが爆笑の渦に、とまではいかなかったが……あの男はいつも言うのだ。<ああ、君はなんと美しく生まれついたものだろうね><この世界でこの美しい君を抱き寄せていいのは僕だけだと、民にも王にも神にも言ってまわりたい>顔を寄せ合い、囁き合うことの甘い快楽……ああ、忘れ難い!ああ、わが夫が恋しい!!」

 私はまたまた呆れてしまいそうになりました。アルバート公、なんというお方でしょうか。なんだかんだでラブラブそうなお二人みたいです。でもそれがどうして、こんなことに?

 おや、気付いたらまたドアの隙間から手紙が流れてきました。読んでみました。

<シェーンブリンでのこと、君はよく覚えていたね>

<でも>

<君は僕なんかより、政治の方がお好きだろう?>

<僕と詩の話をするより、軍備の話を軍人とした方が、楽しいのだろう?>

<僕のことなんか必要ないんだろう>

<いつか、君が捨てた僕の人形みたいに、あっさりと僕を、捨ててしまうんだろう?>

 私はこの手紙を読んでいたく胸をうがたれた心地でした。アルバート公はべスを嫌ってひきこもっているのではないのです。むしろ、べスを愛しているからこそ、いつかトムズ河に捨てられた人形のようになるのが怖かったのです。

「まあ、陛下。大変なすれ違いようです。一体どうしたらアルバート公は陛下の愛を信じてくださるんでしょう」

「うーむ」

 べスはしばし沈思した後、私に向かってこう問いかけました。

「キキ、お前は言ったよな。もっと素直になった方がよい、と」

「はい、申し上げました」

「では、私が間違っていたのだ」

 太陽のようにべスはにっこり笑って、それから告げました。

「よく聞け者ども。私は女王たることを望んでいた。それはこの広大なスーペリアルを守るため仕方がなかったことだ。世界一の帝国を支配するこの私が、誰かにひれ伏し、機嫌をとることなどもってのほかだったからだ」

 しかし。いつの間にやらこの騒ぎを聞きつけたか、庭師にコックに侍女、従官まであたりにそろっていました。その彼らと、ドアを隔てる愛しい方に向かって、べスは口を開きました。

「しかし私は、女王という前に、人間であることをわすれたくはないのだ。そして人間としての私を愛してくれる、たった一人の夫のことも、ないがしろにしてはいけないと、強く強く思わされたのだ」

そうしてべスは、優雅にドアに近づいて、トントン、と、ノックをしました。

「誰だ」

 みなが息をつめました。陛下は、一体何とお答えになるのだろう。べスはその時、大変に優しい笑顔でこう言ったのです。

「あなたの妻よ、アルバート」

 この一言には、皆々感動してしばらく動けませんでした。私などは知らず知らず涙していました。あれほど、女王ゆえに人にひれ伏してはならないと、幼少のときからも長じてからも教え込まれ信じ切っていたべスが、

愛しい夫にこんな優しい声音で、こんな愛らしい笑顔で、答えることがあるなんて!!

「まあ、なんと素晴らしい受け答え……」

「陛下も人間。やはり愛を勝ちとられたのですね」

 コックも侍女も次々顔をほころばせました。

 しかし。

 チョコレート色のドアはなおも開きませんでした。一体どうしたことでしょう。

「やっぱり、駄目だったんでしょうか」

「陛下が、あの不器用な陛下が勇気を振り絞ったのに……」

 皆々、暗い顔へ沈んでいきます。

 ただ、べスはというと、実に毅然としていました。まるで愛しい人を信じ切っているかのようでした。

<……いやだ>

ややあって、手紙が次々流れてきました。

<アルバート、あなたを愛している、とか>

<離れたくない、とか>

<愛しい愛しい、私のあなたと君が言ってくれるまでは>

<決して出るものか>

 「まあ!」

この無茶ぶりに、私も侍女たちも慌てました。まあ、なんということ。あの不器用なべスにこんなことが言えるものですか! 私は手紙をまじまじと読むべスを見つめました。べスはにっこり笑って、文をしたため、ドアの下に送りました。

すると、重苦しかったドアがようやっと開き、べスを中に招き入れました。べスはドアの消えゆく間際、私たちに手を振って笑いかけました。

「もう大丈夫だから、下がっていいぞ。みんな、ありがとう」


 さて、二人がその後、どうなったか、ですって? それはもう、見ているこちらの頬が熱くなるほどのラブラブぶりですよ。二人でビスクドールを買いに、町へお忍びで行ったり、舞踏会では二人息の合ったワルツを踊ったりするなど、枚挙にいとまないですわ。

そういえば、最後に女王陛下はなんと言って部屋に招き入れてもらったのでしょうか、とお聞きになりたいんでしょう。ふふ、誰にも言わないのなら内緒で教えてさしあげましょう。決して記事になさらないでね。

あのとき、陛下はこう文にしたためられたそうです。あのように、君からの愛の言葉を聞くまでは入れない、とおっしゃっていた夫君に対して。

<それは中に入れてくださったなら、たっぷり囁いてあげますわ。いつかのお返しに>

ですって! 全く、べスの愛らしさったらないでしょう? 本当に困った愛しい女王様ですこと。最後の末文を私に考えてくれって? 仕方ありますまいね。ではこういうのはどうかしら。

<この素直でない二人を隔てるドアが、永遠に開いたままでありますように!>

                 了












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