第24話 猪頭尊師
「マヒシャ、大丈夫なのか?」
「私より、サトシさんこそ大丈夫ですか?」
「包帯が大げさなんだよ。ちょっと火傷しただけで済んでいるよ」
カノンちゃんの一撃は近くに居たアキラさんが防いでくれた。
ちょっと炎が漏れて、身体が焦げただけだ。
騒動が一段落し俺以外のメンバーは、フンヌの森へと移動した。
この地に来ていないチエダイの残党を捕らえる為だ。
もっとも、フンヌの拠点に残っているのは首魁のオズボーンの他は数名しかいないらしい。
異世界転移にはかなりコストがかかる。後発組のチエダイの騎士団が異世界へと進出するのはかなり大変なのだという。連中が必死に金山を横領しようとしていたのも理由がありそうだ。
俺達の研修は今日で終わりなので、本格的なチエダイの後始末やヴァナラ族との関係改善は後からになる。ウチの会社から別の人がやって来るのだろう。
森でも、イベントが終わり遠征軍のヴァナラ達も既に帰途についている。
結局、モンジュはオオヌキさんの力は借りなかった。
彼はそんな姑息な手段を必要としなかったのだ。
ひとつはオンコット将軍が意識を取り戻し、族長達が居並ぶ前で苦しい息で真実を伝えたからだ。
そして、もう一つ。改めて太子となったモンジュの毛並みが純白の神々しい姿へと変化したからだ。
それはヴァナラ族にとって彼らの伝説の聖王ハヌマーンの姿を想起させた。その結果、モンジュのカリスマ性は強烈に高まった。
今回の戦乱の武勇も含め、彼が次代のリーダーとなるは確定的となったのだ。
これでリータとの結婚も予定通り行われるだろう。
ま、俺がワリンギルの実から作った薬のおかげなんだけどね。
なぜ、リータだけが純白の毛皮を持っていたのか?
それは、言うまでもないよな。
☆
「でさ、マヒシャは大丈夫なのか? 故郷に帰らないんだろ? 課長に聞いたらオークのお前は故郷に帰ったら保護されて安全に生活できるらしいぞ」
「はい、保護されて生きたくはありません。それに、クララ達は帰れませんし」
異世界転移にもルールがあるらしい。ちょうど、大航海時代の欧州が勝手に世界を切り分けたみたいな感じなのかな?
まあ、詳しくは知らんけど。
ともかくチエダイの連中は課長達に捕まると入牢は確定らしい。
その点、ここだと、あの女騎士と仲間はモンジュが何とかしてくれるのだ。
だから、それはいいんだけど。
「それで、マヒシャは此処を出て街に戻るんだろ? ホントに大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとうございます。でも、私達は人里に降りようと思っています。私は今回の事で人生の意味を知りました」
「人生の意味?」
「はい。人は人を愛する為に生きているのです。愛こそが人生の意味です」
「うーん」
それを今回知ったのか、、、
壮大な童貞喪失だったな。
「私は、人々に愛を説くために街中に戻ります。人の世は無常である以上、苦からは逃れる事はできません。ですが、愛さえあればその苦痛にも無常にも負けはしません」
「そう、なんだ」
「はい、私は猪頭行者として、この教えを広めたいと思っています」
「そうか、じゃ猪頭尊師だな。これからはグルって呼ばないとな」
「いえ、そんな」
大きな身体を小さくして恐縮するマヒシャ。
「ただ、一つお願いがあるのです」
「うん、俺にか?」
マヒシャは真剣な顔で俺に願いを言った。
この場には、既に課長も仲間も居ない。
ま、いいか。
俺にできる事なら。
☆
「今回は疲れた」
俺は東京の自宅へと帰っきていた。
メル山での研修は、後半かなり厳しかったので疲労困憊である。
ただ、今月の俺の給料はかなりの額になるらしい。
(注 給与の多寡の感想はサトシの過去の年収に左右されています)
まだ、研修中なのに、危険手当なんかもキッチリつく。
えっと、計算すると、給料が25万。これは全員一緒。研修中だし。
これに異世界勤務手当てが50%も付くんだよな。これで給料が、37.5万円だな。
あとダンジョンに入るとか戦闘すると危険手当が一日一万付く。今月はそれだけで20万プラスだよ。
あと、俺は薬作りで錬金術手当てが付くんだけど、今回勝手に使ったからな。
そこは減らされるかもな。
世の中にはもっと貰ってる人も沢山いるけど、ブラック企業で身体を削ってた俺からみたら天国だな。
馬車馬みたいに休みなしで働いていた俺の給料は22万くらいだった。
もちろん手取りじゃないぜ。
それと、個人的にラグン長のチランジから貰った礼金は、黄金4kgだった。
皆にも会社にも内緒で持って帰ってきてやった。
現在の日本の相場だと1グラムで5000円くらいらしい。
え、ていう事は、2千万?
いや、計算間違えてないか?
というか、どうやって換金したらいいんだ?
俺には分からない。
ヤバイ、わくわくして寝られないぞ。
☆
寝られない俺は、ふと考える。
俺はもう、マヒシャと会う事もないだろう。
最後にマヒシャにおねだりされて手持ちの攻撃抑制剤を渡してやった。
俺は彼を信用しているし後悔はしていない。
その分量を考えたら当分、持つだろう。
ただ、マヒシャは、というかオークは3年もすれば交配可能になるらしい。
もしも、マヒシャの愛の活動が成功すれば、あの世界はオークだらけになるんじゃないだろうか?
全てのオークがマヒシャのように理性的かどうか、かなり疑問ではあるが、絶滅危惧種のオークは復活する。
良いことだよな?
と、思ったから俺は手を貸したんだけど、一抹の不安がある。
もしかしたら、あと数十年したら、あのマハ・メルの世界は再び冒険者を必要とする世界になるのかな?
それとも、マヒシャによる愛の世界が生まれるんだろうか?
俺は余計な事をしたのかと、少し気がかりなんだよな。
異世界調査会社 鶴見 丈太郎 @yoshirin47
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