インターネットに向いてない

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 学校をサボった俺は本当に退屈でネットをするしかなかった。ネットは別に楽しくないが俺よりも下がいるから安心する。

その時ラインの通知が届いた。気分で既読をつけに行く。


『この動画みてみろよ。面白くね』


この友達は鍵垢で人の悪口言うのが趣味だ。頻繁に人を馬鹿にした動画を見つけては、仲間だと思われている俺に送り付けてくる。


『【悲報】大物まんさん。世間を語る』


 俺は動画をクリックする。

 動画に映る女性は熱弁していた。


「ん?」


俺は再生ボタンを止める。会話をオフにして、最初から巻き戻す。


『だからー、私が思うにー』


 この女を俺は知っていた。

動画の彼女は同じクラスメイトで虐められている人間だ。入学当初は目立つグループに属していたが、皆の気に触ったらしく追い出されている。

俺は動画を最後まで見て笑うしかなかった。

ラインに戻って返事を打つ。


『これ、アザミだよな』

『そうなんだよ。明日問いかけてみようぜ』


 その役割はどうせ俺がやらされる。


 翌日学校に向かう。

俺は友達にノートを移させてもらった。友達は『俺はコイツより大丈夫だな』って安心するためにある。それと、困った場合の避難先だ。

俺達は直接関わっていないけど目立つやつに気を使っていた。どうか嫌われませんように。

俺は人を笑えるのだろうか。


チラりと動画の彼女を探す。


 彼女の名前はアサミ。動画の名前はアザミだ。


 友達は乱暴に遊びたいようだ。でも、俺は違っていた。

アザミに興味を抱いているのだ。動画の中で生きている彼女。たった三分間の彼女と対話したいのだ。まあ支離滅裂で面白かったけど。


 すぐ接触するには目立ちすぎる。

手違いでネットに晒されるのもマヌケだ。

俺は友達にノートを返した。その途中で切れ端を彼女のロッカーに入れる。

俺は切れ端に一文を認めた。


『縊死佳奈(いしかな)の小説が好きなのか? よければ話がしたい。放課後の図書室で待つ』


 縊死佳奈はライトノベルの皮をかぶったグロテスクな作風を得意としている。動画の後ろに縊死佳奈の書物が飾られていたのだ。そこに付け入る隙があるように見えた。

図書室は4階の隅にあるため、誰も寄り付かない。彼女と密会するのは最適だ。


 俺は放課後になって図書室に赴いた。俺は図書室に入るとスマホをいじった。そこで頭が冷静になり、来るわけがないと結論が出る。

どうせ来なくても動画を見ていればいい。

 アザミの過去を覗いた。彼女はこの世界を憎んでいる。嘘を垂れ流すレポーターや、即座に反応する人々。そして、学校というシステムに。俺は可笑しくて仕方なかった。


 一人で笑っていたら、図書室の扉が開いた。


「あっ」


 アサミが扉を閉めて立っている。

あんな手紙で騙されるから虐められているんだろうな。でも、好都合だから構わない。


「来てくれたんだ。俺のことわかる?」


 アサミは俺の名前を放った。前に座ることを促した。


 彼女の黒髪は短く揃っている。顔は言葉の暴力で殴られて無傷だ。だけど、目を閉じたら心の悲鳴が聞こえてくる。


さてどうしようかな。俺は無策にも呼びつけたが、本当に来るとは思わなかった。


「あの、縊死佳奈の小説はどれが好き?」


 普通どこでそんなこと知ったのとか出てくるだろ。


「うーん。俺は『君が死んで見えたもの』かな。人を殺すことでしか生きられない主人公が、最愛の人を殺して自首するまでの10日。とても、共感しちゃったな」

「え?」


 俺は心を晒してしまった。下に出れば人はつけあがり垢をつけたがる。しかし彼女はぼうっと眺めてるだけだ。


「私も、同じ気持ち」


アサミは楽しそうに本の話をしている。俺は本を読める人間でよかったなと過去を肯定した。


「まさか、同じ作家買いしてる人がいるなんて思わなかった」

「俺も」

「あの、これ読んでほしい」


 彼女は鞄から汚れたノートを取りだした。俺は手渡されたノートの裏を返す。文庫版のようなあらすじが手書きされていた。


「これは私が書いた話なの。縊死佳奈が好きな人に見てほしいなって」


 距離の詰め方が不気味な人間だ。自分の恥部を躊躇なく晒すのは、人との接触を恐れていない証拠。俺は彼女の黒歴史の1ページを見てみた。


 タイトルは『死なない人』。死なない人間が死ねるようになるまで旅をする冒険小説だった。君が死んで見えたものに強い影響を受けている。

俺は俯瞰した。ページをめくると、手書きのバラバラな文字が右往左往している。挿絵なしの自作小説は佳境に入っていく。


「……」

「なんかおかしい?」


 図書室の窓は突風のせいでガタガタ鳴る。俺は浮上して、目を瞑った。


「すごい」


 黒歴史ノートは発売されてもおかしくない面白さだった。


「こんな、こんな話があるなんて」

「な、え? どこか痛いの?」

「そうじゃない。でもなんか、泣けてきた」


 心が共鳴して感情の捌け口を探した。歓喜あまって涙が出てくる。

アサミは小説の才能があった。


 その日から小説を読ませてもらうようになった。場所は誰もいない図書室で、皆が帰るのを見計らってからだ。


 アサミは変わった人間だ。自分が間違ったことでも意固地になる。

俺は話を聞く傍ら小説を読んだ。

 アザミのことも知り合いという体で話してきた。


「ねえ、アサミってさ。なんで俺の誘いに乗ろうって思ったの」


 アサミは瞬きする。顎を引いて腕を組む。


「毎日がどうでもよかったから、罠だとしても辛いのは変わらないって思ったの」

「冷静な判断力に欠けていたわけか」


 俺は今日も小説を読み終えた。ノートを返して感謝する。

 アサミは鞄にノートを直す。そこであっと呟く。

俺が問いただすと、彼女はこう答えた。


「今、新作を書いているんだけど。持ってくるの忘れちゃった」

「なら、明日でも俺の机に入れてくれよ」

「そうする。でも、感想教えてね」

「うん。伝えるよ」


 アサミは喋らなくなってノートに目を落としていた。不思議に思って机に指を立てる。


「んっ。どうしたの」

「いや、急に黙るからどうしたのかなって」

「あー」アサミは恥ずかしそうに髪の毛を混ぜた。彼女の髪は寝癖になる。


「幸せだなって思ったの」

「あさみ?」

「私、学校が好きになったかもしんない」


 胸が痛む。骨の内側から縫い針で刺されるような苦しさ。原因が分からず手で抑えた。

 これは彼女と別れた後も続く。


 帰宅後の俺はアザミの動画を見返していた。

 相変わらずネットのコメントは荒んでいる。矛盾した理論は火に油を注ぐだけだ。このイタチごっこは尽きることはない。

俺は街中で笑い出す変な人になった。


『コラ画像作られてた。これ面白くね?』


 友達は彼女のコラ画像を見せてきた。

死体の画像に彼女の顔が貼付されている。最近はコラ画像を保存しなくなっていた。いいことなのか分からない。


「新作どんな話なんだろう」


俺はスマホを閉じた。


 翌日。

 俺は普段通り登校する。机の中に手を入れるとノートが入れられていた。俺はページをめくり物語に潜る。

一限目が始まる前に太陽が登るよりも早く読了した。新作に体が満たされ余韻に浸る。

すると、友達がわざわざ駆け寄ってきた。


「それ何?」


 友達は俺が書いたと勘違いしているようだ。その瞳から蔑む様子が伺える。


「小説だよ。俺の親戚が書いたやつで読ませてもらってるんだ。お前には見せない」

「なんでだよ。別に構わないだろ」

「何揉めてんの?」


 学校の目立つやつが俺の周りに現れた。


「揉めてないよ。何でもない」

「え、何そのノート」


 さすがの友達も橋を切ろうとしたが、目立つやつは引くつもりはない。

彼は俺からノートを取り上げる。


「え、何この文」

「こいつが書いたんだってさ」

「え、そうなの。すげえじゃん」


 相手を褒められるのは侮辱を含んでいるからだ。目立つ人間は石の裏にいるような俺たちを日向を浴びせる。ここに恥ずかしい奴がいるぞと言ったぐあいに。


「へえ。恋愛小説なんだ。お前、恋愛したいんだ」


 なんで恋愛小説を読んでいたら愛に飢えていることになる。価値観の違いを聞かされて目眩がした。

 友達は口を横に広げる。目立つやつを盗み見て話題を口にした。


「あ、そういえばさ。あの動画を見た?」


 俺は教室に居ることを後悔した。ここにアサミはいる。

目立つヤツはノートを机の上に投げ捨てて耳を傾けた。


「あれ傑作だったよな! お前も面白かっただろ。あっ、知ってる? この動画なんだけど」


彼はスマホを操作して目立つヤツに見せていた。


「おい、やめなって」


 友達は鼻の先を豚みたいに動かす。


「なんで辞めるんだよ。面白いことを笑って何が悪いんだ。だいたい俺が教えたらお前笑ってたじゃねえか」

「なんだこれ! アサミじゃん!」

「そうなんだよ。あのアサミが動画撮ってたわけ。こんなこと知らなかったろ?」

「なんでこんな面白いこと教えてくれないの」

「俺も最近知ったんだよ」


 背後で椅子が引かれた。俺は咄嗟に誰か理解する。派手な音を立てて教室から出ていく。


「アサミどっかいったな」

「気分わりぃよ」

「今更何言ってんだよ。お前、あいつのマヌケを晒すために近づいてたじゃん。俺達は悪くない。ぎゃくに『おかしいこと』を俺達が教えてやってんだよ」

「おい、みんな見てみろよ」


 友達は人気者だと錯覚していた。動画を通して自分に優越感を抱いているようだ。

俺の注目は薄れていく。その隙に、ノートを手にして駆け出した。


 一直線に図書室へ向かう。そこにはアサミが待っていた。彼女は変わらぬ姿で椅子に座っていたのだ。


「アサミ。説明させてくれ」

「……」

「確かに話しかける理由は動画を見たからで。でも、アサミの小説は本当に感動したんだよ」


 アサミは図書室の窓に近寄る。


「こんなことだろうって思った」


 彼女は今まででいちばんかわいい笑顔を作った。


「みんな、私を馬鹿にしていたんだ。もう限界」

「何を言って」

「私、あなたのことを信じられない」


 一つの風がふいて、顔を背ける。次に目を開けたら彼女はいなかった。



 アザミの動画は盛況している。このコメントの中に現状を知る者はいない。

俺はひとつ文字を打ち込んだ。


 彼女は生きながらえてしまった。木がクッションとなり大怪我で住んだ。アサミは転校することとなり、クラスは落ち着きを取り戻している。


 俺はもう彼女の小説を読むことができない。

 自分の部屋から外を見たら、太陽が登っていた。

 彼女のいない1日が再開する。

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