鈴原疾風②

眼前を覆う黒色の波。

「――――砂鉄か!」

金属を操る能力である以上、おそらくは地中の砂鉄を集めたものだろう。吹き飛ばせないものかと攻撃を加えるがびくともしない。ミュータントとしての能力で操っている以上、物理的な干渉は通じないのだろう。と、なれば。



「逃げられた、でござるか」

砂鉄の波が彼女に襲い掛かる瞬間。グラウンドの砂と土を巻き上げて視界を奪い、逃走したらしい。

そう離れてはいないようで、すぐに居場所はわかった。向かっている場所も。

「なるほど、そこに逃げ込むか?」




「『追え』」

言葉と共に追ってくる砂鉄の群れのスピードは遅い。

「はやく逃げ込まないと―――」

彼女の能力はいわゆるオールレンジ攻撃。開けた場所では分が悪すぎる。そのために現在華が目指すのは校舎。とはいえ。

「死地に飛び込むようなもんですよねぇ……」

金属を操る能力者に対し、金属にあふれた屋内に飛び込むのも危険ではあるが。

「どうにか接近できれば――――」

現状打開の策を考えながら、近場にあった窓に飛び込む。が。

「『首を断て』」

直観に従い、咄嗟にブレーキをかける。眼前数ミリ。。まるでギロチンだ。あと少し遅ければ首が飛んでいただろう。

「『貫け』」

肝を冷やす間もなく校舎の壁から鉄杭が

「ああ、コンクリート――!」

厄介だ、と言葉にならない悲鳴を上げながらも身をよじり、飛びのき、難を逃れる。

「洒落にならない―――強すぎです」

視認できないようなものまで含めて、金属をこうも器用に操れるとは。現代戦においては最強ではないだろうか。

「校舎に入ろうとすれば窓ギロチン、近づけば串刺し、あと少しで砂鉄に生き埋め―――」

携行武器も持ってはいるが、すべてが金属性だ。うかつに見せるだけでも命取りになってしまう。こうして考えている間にも鈴原が迫ってくる。周辺の砂鉄を集めながら来ているらしく、黒い津波を引き連れて。

「―――――――仕方ないですね」

正直嫌だが、背に腹は代えられない。

―――『超越精神の竜アジ―ン』」

全力の飛び蹴りを壁にぶちかまし、内部に侵入。即座に隠れる。





『何用か』

「用なんてありませんよ。能力使うからよんだだけです。冬眠してろ爬虫類」

不愉快な声から応答があったので罵ってやる。

『ひ、ひどい……力貸したのに……』

昨日獲得した精神強化能力なのだがなぜか諸悪の根源がくっついてきた。ナビゲーターか何かのつもりなんだろうか。プライバシーの侵害もいいところだ。

「よくもまあ抜け抜けと――」

『仕方ないではないかそういう仕様なんじゃから!我は昨日目の前で自分の体が爆発したんじゃぞ!?』

「あーあー黙っててくださーい!考え事中でーす!!」

『理不尽!?』

現在、気配遮断技能をフルに使い、校舎内に潜伏している。いくらなんでも標的の場所がわからなければ攻撃できないはずだ。

なお、不愉快な爬虫類アジ―ンは精神体なので今の会話もサイレントである。直接頭の中に語り掛けてきている。


『で、どうするつもりなんじゃ?』

「機能をオフにできないんですかねこの喋る不愉快ナビ――――!!」

焦って考えてるときに邪魔をされるのはさすがにイライラする。そもそもこいつが聞いてどうするつもりなのか。

『そもそも、降参でもすればいいじゃろに。』

「それで協力得られなかったらどうする気ですか頭の中お花畑ですかあんた。」

『我に対するあたり強くない?』

「どの口が――――!」

自分のすむ街を徹底的に破壊した奴とニコニコお喋りできるほど華は能天気ではない。というかこの機能、絶対嫌がらせだ。こいつらを派遣した奴はよほど性格が悪いらしい。

「とにかく!今からしばらく喋んないでください!」

『作戦は思いついたのかの?』

「お!か!げ!さ!ま!で!ね!」

自分で思っている以上に苛立っていたのかスタッカートを聞かせた発声になってしまった。爬虫類ナビが黙ったのでスカッとしたが。



「見つけたでござるよ!」

階段を昇り、鈴原が現れる。

「ケッチャコ――――け、決着を付けるよ!」

思い切り噛んだ挙句に忍者語尾がはがれてしまっている。大変にいたたまれない。

「さ、さあ、かかってくるでござるよ!」

顔を真っ赤にして叫んでいるが………。

「ほ、本当に良いんですか?」

「いいいいい、いいに決まってるでござろう?!」

完全にテンパっているのだが………大丈夫なんだろうか。

念のため一呼吸入れてから、思い切り踏み込む。彼我の距離、目算90メートルを一瞬で詰める――――――つもりだった。

「甘いでござるよ。高速で移動すれば捉えられないとでも思ったでござるか?直線的な動き。軌道さえ読めれば止められるでござる。」

。華の持ち物の金属を操作したのか

――――あるいは華の体内かもしれないが。しかも、無発声で。

「全く。攻撃時には声に出して命令するハンデまでつけているのに………一発も入れられないとは―――本当に冬子殿に勝ったのでござるかぁ?」

本当に、厄介だ。

「終わりにするでござるか。『撃ち抜け』」

壁から、天井から無数の金属が射出される。コンクリート内の鉄筋だろう。ほとんど全方位から金属片が飛来する。方向によって時間差はあるだろうが避けるのは相当に困難だろう。だから、前に出る。鈴原の懐に。

、お約束でござるなぁ!?」

無論、金属を自在に操る能力者だ。命令次第でどうにでもできるし、実際弱点ではないのだろう。だが。

「でも―――ワンテンポ遅れますよ」

鈴原の眼前で大きく両手を打ち鳴らす。『猫騙し』。ひるんだ一瞬のスキがあればいい。

「何を!?」

思い切り床を踏み鳴らす。それはもう、全力で。撃ちだす形で床が、壁が、天井が。

「どうせなら、もっともっと、開けた場所でやりましょう?」

鈴原にそう告げながら足元の床を蹴って、左の壁に。壁を蹴って天井に。天井を蹴って床面に。

「―――動きが?!」

「さっきと一緒。直線の動き。でも、軌道が、出発点が、到着点が、わかります?」

直線の動きだから見切れる。だが先ほどとは違い、崩れ始めた校舎の中を全方位。前後左右上下に跳ね回る華の動きは見切れるのか?

「―――そのための猫騙し……一度目の移動を見切られないように!」

鈴原が意図に気付き、吠える。そう、出発点がわかってしまう一回目の跳躍は止められる危険性があった。だから、確実に一回目を阻止できるよう、ひるませた。

―――そして。




「目だけに頼っているわけではないでござる!」

疾風の異能は基本的に視認して発動する。しかし、校舎の鉄筋や地中の砂鉄を操れたように視認していなくても認識すれば作動する。平たく言えば、なんとなくその辺りにあるとわかりさえすれば使える。しかも彼女には金属の気配を感じることもできた。

「なにこれ?」

周囲一帯には金属の気配。現在進行形で増えている。いや、正確には分裂している。それらが移動し、止まり、バラバラに動き、向野華ほんめいがどこかわからない。

「嘘でしょ!?」

語尾を付ける暇もなく、叫ぶ。彼女は、高速で動く金属や三次元空間を飛び回る金属を操った経験などない。できるかもしれないが、今、咄嗟にできるようなことではない。




完全に崩壊した校舎を跳ね回る。もはや校舎の原型は留めておらず、落下していく瓦礫といった方が正確かもしれない。合間合間に持っていたナイフや銃器、キャッチしておいた鉄骨の欠片などを周辺にばらまく。攪乱だ。そして。

「もらった!!」

勝敗は決した。





「いやはや、御見それしたでござる。これほどとは。うむうむ。」

残骸と化した校舎で。鈴原は満足げに頷いている。どうやらお気に召してくれたらしい。なお月影は見つからない。どこまで逃げたのだアイツは。

「うむ。貴女ならば。」

「?」

鈴原が姿勢を正す。いわゆる――――座礼。

「これからよろしくお願いいたす。主殿?」

「あ、はい。よろしくお願いします。








―――――――――は?」



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