二の軍勢

鈴原疾風①

<紀元3000年水無月12日>

選定の獣による勧告から一夜明けた。

少女、鈴原疾風はその中心となった都市、双樹市に来ている。学校に登校するためだったのだが、到着してから休校となっていることを知った。連絡メールを見逃していたらしい。自宅にとんぼ返りするのもなんなので市街地で買い物をしようと思っていたのだが。

―――――当然だが、事件の中心となった街。都市機能が正常なわけもない。急造の日用品売り場などはあるが、暇をつぶすための買い物などできるはずもなかった。

と、いうわけで。現在、鈴原疾風は街の片隅の公園で持参したお茶を飲んでいる。街ゆく人々は当然というか、せわしなく働いており正直居場所がない。仕方がないので帰宅しようとしていたところで携帯端末にメッセージが届いた。





「で、本当に来るんですか?」

午後1時30分。華の通う二木学園の校庭。

「大丈夫!OKしてもらえたもん。」

「それにしちゃ2時間も待ってるわけですが。」

華は冬子と共にクラスメイトであるミュータントの一人と交渉するため、この場所に来ていた。が、指定された時間から二時間たつも待ち人は来ない。よくよく考えれば先日の模擬戦争の時も拒否されていたし、月影と待ち人――鈴原疾風は仲がよろしくないのではないか。

「………なんかすっごい失礼なこと考えてない?」

「いーえ?」

考えてることがわかりやすかっただろうか。もしくは顔に出ていたかもしれない。言いつくろいはしたが、月影は顔をだいぶ曇らせてしまっている。

「―――普通に仲はいいはずだよ?」

「はぁ。」

そうは言うが、月影の目は泳いでいる。

「――――5回に1回は返事してくれるし。」

「ウザがられてません?」

目を泳がせながら語られた仲良しエピソードに思わず本音が出てしまった。案の定ショックを受けた月影は名状しがたい奇声を上げ、その場にしゃがみ込んでしまう。

「あ、失礼。口が滑りました。」

「―――君の本心じゃないかー!口が滑ったってことは今のが君の本心じゃないかー!」

言葉のチョイスを間違えたようだ。本格的にへそを曲げてしまったらしく、地面に字を書き始めた。何を書いているのか覗き込んでみる。

―――――――――――みょ。



何とも言えない気持ちになった。



「まだ来ませんねぇ。」

「あの子、方向音痴なんだよね。」

「―――それを先に言いましょうよ……」

これは十中八九道に迷っている。昨日のごたごたで街中の道はめちゃくちゃになっており、地元の人間でも迷いそうなほどだ。方向音痴ならなおさらだろう。

「でも、そろそろだと思うよ?」

何が、と問い返す隙も無く着信音が響く。華のものではない。月影のものだろう。

「あ、はやてちゃん?―――――――あー、やっぱりね。」

月影はそれだけ話すと電話を切る。

「もうすぐ来るよ。」

「やっぱり迷ってたんですか?」

「そーみたい。」





「――――――迎えに行かないんですか?」

待ち人が迷っているとわかったというのに月影は動かない。現在地を特定して道順を教えたりもしている様子はない。というか、会話内容的に現在地は聞いていない。

「いらないよ。だって―――」

月影の言葉を遮るように強烈な衝撃と爆発音。ただでさえ良好な状態とは言えなかった校庭に巨大なクレーターが生まれる。濛々と立ち込める砂煙の中、人影が一つ。

「――ああ、ミュータントでしたね。来る人。鈴原さん、でしたっけ?」

「そーだよ。―――おつかれ、はやてちゃん。」

月影が声をかけるとその人物はこちらに駆け寄ってきた。

「初めまして、鈴原さん。――――向野華です。」

「ドーモ、華=サン。ニンジャデス。」

「ええ……」

華が挨拶すると、返答があった。あったが、文化が違う。

なぜか合掌しているし。言葉からはサイバーでパンクな雰囲気を感じる。

「か、変わった方ですね」

「いや、冗談でござるよ?冗談。拙者、ごくごく一般的な忍にござる。」

華がドン引きしているのが通じたらしく、普通に喋り始めた。が。

「なんというか―――ステレオタイプな方ですね……」

「すてれお?」

華の発言の意味を眼前のコッテコテな忍者は理解していないようだ。体についた砂ぼこりを手で払いながら目を丸くしている。正直今の喋り方も冗談だと思いたいのだが。

「―――拙者の名は鈴原疾風。仔細は月影殿より聞いているが、ひとつよろしいか。」

「なんです?」

一転してまじめな顔つきで質問が飛ぶ。

「あの獣どもを討つ。理念は理解した。」

「――――しかし」

「手立ては?戦力は?確証は?勝算は?」

「え」

少し、ためらってしまう。たしかに勝算や手立てはない。が、

「それらと同じくらい情報がありません。返答は難しいかと。」

華の答えはお気に召さないらしく、虫を噛み潰したような苦い顔をされる。

「ううむ、そう言った言葉で返してほしいわけではござらぬ。」

顔の横で人差し指をくるくると回すジェスチャーを付けて返してくる。

「もっと、わかりやすい方法にござるよ」

口角を吊り上げ、目を細めて。まるで獣のように、女忍者は笑う。

「―――はやてちゃん?」

ジェスチャーまで用い、呆れていますよと全身で表現しながらこれまで会話に参加しなかった月影が口を挟む。

「それっていつものヤツ?」

「うむ。」

女忍者が短く答えると月影は呆れ果てた様子で首を振る。そして。




「華殿、拙者は貴殿に。」


「――――――はい?」




眼前に飛来した投擲物をとっさにつかみ取る。華はあまり詳しくないが、手裏剣の一種だろうか。記憶が正しければ棒手裏剣だったか。

「―――――殺す気ですか?」

「何を言う。刺さる前に止めるつもりであったよ?」

サラッと無茶苦茶なことを言う。すでに投げた手裏剣に追いつく事ができるとでもいうのか。そもそも華が止めた手裏剣は5本。殺意は確実にあると思う。

「これならどうかな?『舞え』」

その言葉と同時に華の手の中の手裏剣が動き出した。5本それぞれが別の動きで。

即座に放り出し、距離をとる。

「嫌われてしまったでござるか。『集え』」

滅茶苦茶な動きを繰り返していた手裏剣が鈴原の手元に集まり、綺麗に整列した。

「御覧の通り、金属に命令できる術にござる。なに、命を取る気はないし、手加減もするでござるよ。」

なるほど金属操作。先ほどの手裏剣も当たる前に命令して止めるつもりだったのだろう。かなりの便利能力だが、さて。

「今ので実力は測れた―――とかダメですかね?」

「不許可でござる」

「むぅ。」

止めてくれそうな人物――月影を探してみるが、いつの間にかいなくなっていた。凄まじい逃げ足だ。果し合い宣言から30秒もたっていないというのに。

「そろそろ再開するでござるよ?『飲み込め』」

瞬間、地面から現れた黒い大波が華を飲み込んだ。

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